いとしさ
la_feminite_nue(死に巫女)

いとしさ、という最初のことばから始まるもの。
ささやかな4つのかけらによって、
重なりあう多くの想いがふくらみをもつ。
たとえば、い、と、し、さは、
地、水、火、風のようなものであっても良い……
そこにはすべてのおだやかなものが含まれている。
い、は、いつになろうとも変わらないもの
と、は、とびらを叩こうとする優しい手
し、は、しずかに答えようとする無言のことば
い、は、いつかはかならず訪れるであろうもの。
愛しさ、という別のことばのなかには、
すこしの憎しみが含まれている。
無限小ではない、そのちいさな負の感情。
わたしは愛しさということばを使えない、
愛しさということばは異なる世界にあるのだ。
なぜなら、それがわたしを傷つけてしまうから。
あたたかなぬくもりのなかで、いとしさは
むらさき色の桔梗のような花をつける。
はるか古い世界からつらなりあって、
そこに長い時間をかさねられてきたもの。
そのことばがわたしを刺すのではなく、
わたしのなかのすべての棘をぬきさる。
い、は、はげしい葛藤の想い。
と、は、こころの扉をノックする訪問者。
し、は、詩人がかかげようとするはかないことば。
い、は、人知れず咲いた見知らぬ花のかげ。
いとしいということばによって、最後までつらぬかれるもの。
さまざまな声音のなかから、人ではないものによって
選ばれたほのかなあわい気もちの集まり。
いとしいということばは、最初のものであり、
最後にたどりつくべきものでもある……
わたしはわたしを忘れるだろう、
あなたがあなたを忘れ、
ひとびとがやがてひとびとのことを忘れるように。
そこに残される、やわらかな影のような光。
誰かが、いとしさということばにたどりつくために、
いくつの階梯をのぼってきたのだろうか、
そしていくつもの世界を下りていったことだろう。
砂のようにすべてが崩れさる、幻の世界のなかで、
れんめんとつむがれていくもの。
その下層として、生きるという条理と不条理とが、
ないまぜになりながら布を織り出している。
わたしはあなたを忘れるだろう。
あなたはわたしを忘れるだろう。
ひとびとはひとびとのことばを忘れるだろう。
さまざまなとりどりの色に装飾される、純粋な花のすべてを。
そのなかに取り残される、無形のかたち……
いとしさという、最初のことばから始まるもの。


自由詩 いとしさ Copyright la_feminite_nue(死に巫女) 2019-09-05 14:44:28
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