ある鋏の使い方
愛心

わたしには、人の縁が見える。

えん【縁】〔名〕
運命として定まっているめぐりあわせ。えにし。
物事とのつながり。関係。
肉親・師弟などのつながり。
仏教で、原因。特に、直接的な原因である「因」を補助する間接的な原因。


多分、一般的に普通の人達は、縁は目に見えないだろうから、どんなものか簡単に説明しておく。
縁は人が人と関わりを持った瞬間から結ばれる糸のようなものである。長い時間一緒にいる相手だと太く、希薄だと細い。相手への感情で様々な色に変わり、ぼんやりと光っている。イメージとしては、夏祭りとかで売られている、折ると中の液体が混ざって光るブレスレットのような光を想像して欲しい。
人の体にはそんな光るブレスレットを長く伸ばしたようなものが沢山巻き付いている。
縁はいつでも宙に浮いていて、その人を守るように揺蕩っているときもあれば、その人を縛りあげるようにとぐろを巻いているときもある。
最近見た良くない縁は、彼女の縁だった。
職場の人間関係で苦労しているらしく、苦手な人がいて、どうしても良く思えないと言っていた。
一番年若い自分にばかり手厳しく当たり、他に人がいるときは優しいが、二人きりになると、あからさまに態度が変わると言う。
仕事が出来ない自分が悪い、と苦笑する彼女の首筋にはどす黒く光る毛糸ほどの太さの縁が巻き付いていた。彼女の首筋の縁はどう見ても良くないもので、いつかロープくらいの太さになって、彼女をそのまま吊り上げてしまう錯覚に陥ったわたしは、大きな断ち切り鋏を取り出した。
縁を切るには、縁切りの神様に切ってもらう以外に二つ方法がある。自分で切るか、他人に切ってもらうか。
わたしは彼女の首筋の縁を掴むと、鋭い刃を食い込ませ、勢い良く切断した。彼女の首から落下した縁が、もがくようにびちびちと音を立て、足元を這いずり回り、直に静かになるとゆっくりと消えていった。
彼女の顔から一瞬だけ血の気が引く。そしてすぐにわたしはにっこりと彼女に微笑んだ。

あなたのために わたしの縁を切ってやった

ひとりぼっちの部屋で、


自由詩 ある鋏の使い方 Copyright 愛心 2019-05-28 17:05:56
notebook Home 戻る  過去 未来