人さらい
たもつ
人さらいは人をさらったことがない
これからもさらう予定がない
けれど人さらいは人さらい
それは何の比喩でもなく
人さらいが人さらいであるということだ
何故人さらいは人さらいなのか
生まれたときには既に人さらいだった人さらいは
生まれながらにして真正の人さらい
誰が名付けたのか
その名に何が期待されているのか
人さらいは知らない
けれど人をさらったことがない人さらいは
これからも人をさらわない
人さらいが歯をみがく
人さらいがスキャットで歌う
人さらいが西の空を見る
それらはすべて人さらいという名前に何の関係もない行為である
が主語はいつでも人さらいであるところの人さらい
によって行われている
ああ、人さらいの濁流が押し寄せてくる
人さらいは人さらいに溺れ
人さらいは人さらいの遠くを知る
それでも気を取り直し
人さらい、春の街を走る
人さらい、転ぶ