旧作アーカイブ3(二〇一六年二月)
石村

*筆者より――筆者が本フォーラムでの以前のアカウントで投稿した作品はかなりの数になるが、アカウントの抹消に伴ひそれら作品も消去された。細かく言ふと二〇一五年十二月から二〇一七年二月までの間に書かれたもの。これを随時アーカイブとして投稿し、フォーラム上に保管しておかうと思ひ立つた。実際に目を通して下さる奇特な方は少なからうと思ふけれど、私の手元に死蔵しておくより僅かなりとも人目に触れる可能性のある場に晒しておけば、まだしも作品の生命が保存されることにもならう。どれほどみすぼらしからうが貧しからうが、書かれたものにはひとに読まれる機会を得る権利があり、作者といへどその権利を封殺すべきではない。





  窓


窓は 今日もひらいてゐる
昨日来た風が そこにとどまつてゐる

まばゆい世界から わずかにこぼれた
よわい光が 私の中に そそいでくる
鳥たちは やすらふことなく きらきらと
せはしげに やつて来ては 去つていく
――また花が咲く 季節になつたと 
――だがそれは もう 同じ花ではないと

澄んだ風は つよく吹く
無数の光の粒が 愉しげに たはむれてゐる
幼くて 逝きし者たちが 笑ひさざめきながら
かなたの野を渡つていく――

ここでは 時は 過ぎてゆかない
昨日は明日へと つづいて行きはしない
みたされた 美しいものを 私は呼吸する 

さうだ もう 私の心には 何もない 
そのままの私と まつさらの今が あるばかりだ

そして今 痛いまでに 私は 知つてゐる
私は どこから来たのでも どこに行くのでもない と
この ほの暖かい かなしみは 永遠のものだと

窓は 今日もひらいてゐる――明日も ひらいてゐるだらう
昨日来た風は かはりなく そこにとどまつてゐるだらう
向かうのまばゆい世界は どこかに遊びに行つてしまふだらう

私はまた 包まれてあるだらう しづかに ここに
ひとつきりの このかなしみに


(二〇一六年二月六日)




  訣別の歌


誰かが僕を 呼んでゐた
みじかい笛を 吹いてゐた

誰かが僕を 呼んでゐた
み空の底は ふかかつた
風は終日 吹いてゐた
骨がからから 鳴つてゐた

その子は野原で 遊んでた
たんぽぽの綿毛を 飛ばしてた
誰も迎へに 来なかつた

ああ 笛がきこえる きこえるよう
僕 もう行かなきや もう行くよ さよなら

ああ 逝つちゃつた! 
でも その子は気付かず 遊んでた 
その日も 明日も 明後日あさって

 そして 星が消える
 皆が積みかさねた悲しみも消える
 想ひも消え 願ひも消え 祈りも消える

 ああ さつぱりした せいせいした
 何もなくなつて 忘れたことさへ忘れ

 また どこかに生まれ 愚かな命を 生きる
 悲しむことなど さほどありもしないのに
 どうしてこんなに 悲しいのかと いぶかりながら

風は終日 吹いてゐる
骨がからから 鳴つてゐる

誰かが僕を 呼んでゐる
みじかい笛を 吹いてゐる

ああ 笛がきこえる きこえるよう
僕 もう行かなきや もう行くよ

さよなら

さよなら


(二〇一六年二月十一日)




  群青


高く駆けよ
直き青き光の子らよ
ひと筋に翔べ
すがしきみたまよ

散り消えよ 古き望みよ
定めのみに憑かれた ひとびとに告げよ
智慧の言葉は絶えた
滅びよ 生誕の季節が来る

おさらば 地上よ 愚か者の土よ
おさらば 遠くへ投げよ その肉は

笑へ この自由! すでに私は 何ものでもない 
偏在する 星を焦がす この鋭利なひと筋の光

しづかなる海 澄んだ忘却
真青まあをに染まる 吾が捨てし現身うつそみ
海より得しものを 海へとかへし
戻れよ 果てなき無へ 果てなき有へ

歌は尽きた 今ははや 真澄なる響きのみ
空を見下ろせ つよく降ろせ この清かなる群青の火を 
そは無なるか? 有なるか?
たれ知らん そは心のままなるのみ ――

高く駆けよ
ひと筋に翔べ
直き青き光の子らよ

つよく降ろせ この清かなる群青の火を
きけ 幼き天地あめつちの 霞立つ息吹を


(二〇一六年二月十四日)




  春の雨のスケツチ


心の中に
雨が降る
うす紫の
雨が降る

まどかな滴は
かろく淡い
ほのほの甘い
しづかに落ちて
ぽつと弾けて
うすれて消えて――

パラソルさして そこを行くのは あの子の姿だ
優しい笑顔で しめやかな歩みで
春の野を どこへとさして 
歩いて行くやら――そんなこと私が知るもんか
ただしあはせな歌へ
夢からきたものへ
野の道はひらけてゆくと

雨はいつまでも降りつづく 心の中を
こんな優しいものが どこからきたのか
どこへつづくのか――そんなこと私が知るもんか
ただ野のいちめんに
黄色い花々と
触れる滴の 嬉しさうな声と

パラソルさして 君は行く
私はいつまでも 見てゐられる 
かろく淡い 雨の滴と 君のしめやかな歩みと
外は好いお天気ださう――そんなこと私が知るもんか 
ただひとびとの 親しげな
古い神々の面影に なつかしく
この こころよい ひと時は通ふだらうと

とこしへに まどかな滴の
この春の雨と


(二〇一六年二月二十日)




  麗らかな春


歌からうたへと 心は通ふ
夢から夢へと 季節は移る
僕ら どこへともなく 足をあゆませ――

うすい香りの 忘れな草が
微笑みながら 朝の挨拶を贈る
お前だけに きこえるやうに
「私を忘れないで」と
望みは ひとり 遠くの丘へと ほどけてゆく
生き急ぐ鳥たちに 目を送るお前

ほら ここには 何のかなしみもない
ふたりをせき立てる 予感のやうなものも
しかしちぎれてゆく雲の先に 翳はいつまでも去らない

祈りでさへなく ひとつの想ひを 僕は置く
僕の お前の みたされてある時は
ただここに とどまつてゐよと―― 

それでも どこからか この
底ふかい 恐れがやつて来るのを
僕はとうに知つてゐる……そして お前も

 さうだ ずつと昔にも こんな時があつた
 そして その後 僕らに何が起こり 残されたのか

お前はどうして そこで 目を伏せる?
私の手にかさねた お前の手のひらに
わづかに強さがこめられるのを 感じながら
心は通ふ 歌からうたへと
季節は移る 夢から夢へと

そして麗らかな春が きた


(二〇一六年二月二十四日)






自由詩 旧作アーカイブ3(二〇一六年二月) Copyright 石村 2019-04-13 16:05:31
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