旧作アーカイブ2(二〇一六年一月)
石村

(*筆者より――筆者が本フォーラムでの以前のアカウントで投稿した作品はかなりの数になるが、アカウントの抹消に伴ひそれら作品も消去された。細かく言ふと二〇一五年十二月から二〇一七年二月までの間に書かれたもの。これを随時アーカイブとして投稿し、フォーラム上に保管しておかうと思ひ立つた。実際に目を通して下さる奇特な方は少なからうと思ふけれど、私の手元に死蔵しておくより僅かなりとも人目に触れる可能性のある場に晒しておけば、まだしも作品の生命が保存されることにもならう。どれほどみすぼらしからうが貧しからうが、書かれたものにはひとに読まれる機会を得る権利があり、作者といへどその権利を封殺すべきではない。)




  しじま


涙が しづかに 零れていく
思ひよりも 淡い 何かのゆえに
雪よりも 軽く 心が悲しむ

ひとはゐない どこにも
空はある ―― 雪は舞つてゐる ――
そして涙が しづかに 零れていく

親しかつた季節を 私は
思ひ出さうとする しかし
それはいつも 行つてしまふ どこかへ
目覚めるとやがて 散り散りになる 夢に似てゐる

雪の夜の しじまは深く
ひとの心を 私は はかることができない
涙が しづかに 零れていく
それは お前のものなのか それとも 私の

多くの命が 今 ここを去つてゐるだろう
かすかな鈴のが 白い夜の底に溶け入る間に
そしてまた 多くの命が ここに来るだらう

私は語りかける ―― だが何に向かつてか?

ひとはゐない どこにも
空はある ―― 雪は舞つてゐる ――
そして涙が しづかに 零れていく


(二〇一六年一月四日)




  早い春の日に


或る季節が 弔ひを終へた あかるい午後のこと

名もない花が いちめんに咲く野原で
少女が いつまでも 泣いてゐる
(伝へられない 想ひのために)
失くされた 魂ばかりが
何もない空を 愉しげに わたつてゆく

いつもさうだ! かへつてこない者たちだけだ
心からの歌を したしくかはすことができるのは ――

お前はしきりに 何ごとかを告げる 生きてゐる者たちへ
肉に棲む者に それは きこえはしないのに

うす青い風の お前は かなしんでゐる 哀れなひとびとを
お前の淡いからだから響く 声はきかれることはない

いつお前は 気付くだらう
真実の言葉は 優しすぎるので
かれらの心に ふれることはない と

名もない花が いちめんに咲く野原で
泣きくたびれて眠つてしまつた 少女の見る夢を
お前の声が 響いて過ぎていく

夢の中で 少女はしあはせだつた
(お前の懐かしい声と 優しい目と……)
伝へられない想ひを もう嘆くことはなかつた

あかるい午後の みじかいまどろみの中で
かれもまた 同じ夢に目覚めた お前の声に

想ひはひとつに通ひ 何も告げる必要はなかつた
あかるい午後に ふたつの笑顔だけだつた

早い春の日のこと


(二〇一六年一月八日)




  春のリート


さやうなら そしてひとは行つてしまつた
さやうなら 春がもう そこまで近付いてゐる

地のうすい緑に 私は目をやる それから空に
私はこれを はなれることができない 数兆年の
愚かな思念で練り固められた このぶざまな塊を

さやうなら また君の声がきこえる
ああ それでも自然は美しい 地は 空は
遥かなものと ひとびとは自ら慰める 
私はかれらをあざ笑ふ ―― たれよりも笑ふべきものは私であるのに!

うすく霞んだ空のかなたを 美しいものたちが通り過ぎる
(ほらあれを)私は指さす 今度はかれらが私をあざ笑ふ!

それでも命は そこここで芽吹いてゐる
やはらかな陽に 溶けかかつた霜が輝いてゐる
そして喜々として 鳥たちはうたふ また この季節が来たと

それでも私の心は喜ばない――ずつと望んできたものは いつもここにはない
君はもう とうにそれを知つてゐた 

そしてひとは行つてしまつた さやうなら
春がもう そこまで近付いてゐる
私はこれを はなれることができない

さやうなら
また君の声がきこえる


(二〇一六年一月十三日)




  笛


ひとりで 笛を 吹いてゐる

何だらう
この痛みは
ひしひしと 胸にささつてくる これは?

ひとりで 笛を 吹いてゐる

むかし覚えた ひとつきりのひとふしを
くりかへし くりかへし 飽くこともなく

ひとりでゐる 全く! たれにきかれることもなく
私は 感じてゐる なにものかで みたされた このひと時を
私は 感じてゐる たれに知られることもなく ――

愚かだつた頃の 想ひ出さえ 何もかも懐かしい
私は笑みを浮かべる 今ほど優しい 心をいだいたことはない と
それでゐて これほど 悲しいのは?

ひとりで 笛を 吹いてゐる

むかし覚えた ひとつきりのひとふしも いつしか忘れ
笛の音は ほそく 青く 澄みわたる

私は 夢をえがく ひとびとはそこにゐる
空と土がひろがり 樹々があり 季節がめぐる と

だが私は また ひとりにかへる 永遠を見る
そこには ほんたうは 何もない! それでも

私は 願つてゐた 懐かしいひとたちが
そこにふたたび もどつてくる日を

笛の音は ほそく 青く 澄みわたる
そこにだけ ちいさく 空がひろがり 時がながれる

それでも 痛みは 私の胸を去らない
何だらう これは
ひしひしと 胸にささつてくる これは?


命でゐることは 悲しい
何もかもなくしても 私ひとり ここにゐる


(二〇一六年一月十五日)
(同年六月十日 結尾部分改訂)




  夜をこめて…


夜をこめて 温かい雨がふり続く

まだひとびとは眠つてゐる……僕は歩いて行く……
君の窓へと……ほのかに光る石畳をたどり……

昔なじみのマロニエの樹々が 道みち僕に 囁きかける
(ああ お前 何処へ行くのか)
(ああ お前 何をしに行くのか) と

僕はこたへる(ああ もうひとつの魂を探してゐるんだ
お前たち 知つてゐるだらう あのひとは まだそこにゐるのか)と
途端にかれらはだまり込む ――

知つてゐる 僕はいつまでも そこにたどり着くことはないと
知つてゐる 君がそこで待つてゐたのは はるか昔のこと

夜をこめて 温かい雨がふり続く
僕はいつまでも歩き続ける ほのかに光る石畳をたどり……

夜よ明けるな 
雨よ降り続け 
この道よ続け 永遠に!

僕が君の窓にたどり着く朝まで


(二〇一六年一月二十一日)




  冬が終はる前に


海へ行かう 冬が終はる前に

砂の上に お前の名を書かう
波が優しく それを消し去る前に

貝殻をひろつて 耳に当てよう
お前が囁いた あの日の言葉をきくために

僕もその貝殻に囁かう
この星が生まれる前に知つてゐた
たれもきいたことのない
一番美しい言葉を

そしてその貝殻を沖に投げよう
たれかがその言葉を思ひ出す前に

僕は知つてゐる お前はここに来たことがある
ほら 向こうの空に 舞つてゐるのが見える
その日お前が飛ばした 麦藁帽子が

かなしみを知つた季節は 遥かにとほい
幾度もひとびとが去り また生まれ落ち
そしてまた去つていく
打ち寄せる波
繰り返す忘却

冬が終はる前の いつまでも穏やかな午後に
僕はなつかしく見てゐよう 波が消さない
砂の上のお前の名を

また新しい命が ここに来る前に


(二〇一六年一月二十四日)




  夕映え


何もない空に 私は描く
古い絵のやうな あの日の夕映えを

―― 心は破れ
すべての嘘は砕け
海は割れ
地は崩れ
堕ち行く場所さへ失つた 私とお前の目に
その夕映えの 何と鮮やかだつたことだらう!

千の天使がラツパを高く吹き連ね
消えてゐた神々が現れ
復活の日を喜び合つた ――

それが 星の終はりだつた
それきり私は お前を見うしなつた!

幾百万の生を経て
幾百万の星々をめぐり
私はいまも お前を探してゐる
そして この星もまた 違ふのだらうか?

 (私はここにゐる
  ずつとここで 呼び続けてゐる あなたの名を
  ずつと泣き続けてゐる あなたの目の前で
  でもあなたは 私を見ない
  私の声を あなたはきかない ―― )

私はいつ 気付くのだらう
私の心の何が この目と耳とをとざし
お前と私を へだててゐるのか
その時 何が私の あやまちだつたのか?

何もない空に 私は描き続ける
古い絵のやうな あの日の夕映えを

私はいまも お前を探してゐる
そして この星もまた 違ふのだらうか!


(二〇一六年一月三十日)





自由詩 旧作アーカイブ2(二〇一六年一月) Copyright 石村 2019-03-18 18:01:28
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