最終電車
石村

*筆者より―― 旧稿を見返してゐて、本フォーラムに掲載してゐなかつた作品があることに気付いた。以前のアカウントを消して以降、復帰するまでの間にかいたものは随時掲載していた積りだつたがどういふわけか洩れていたのである。人目に触れる価値のない作品とも思へないので今回掲載することにした。前のアカウント消滅時に消えた旧作もいずれフォーラム上でアーカイブ化しようと考へてゐる。いつくたばつてもとにかく作品は残ると思へば安心できるから、といふだけの理由だが。




あたたかな春の日の午後
なくしものをさがしにいつた
一両編成の電車に乗つて なつかしい駅へ
無人改札を抜けて
翳のない あかるい駅前通りを
まつすぐあるいて海岸へ

そこから駱駝に乗つて 砂丘を越えて
また砂丘を越えて もひとつ砂丘を越えて
エメラルドブルーの水辺へ

黄色い櫂のついた
薄桃色のボートに乗り込んで
水平線へ

空と海とが出合ふさかひ目で
姉さんから借りてきた
銀のかんざしをこの星にさす
乙女のためいきのやうな音がして
四囲をかこむ青い風船はたちまち小さくなり
わたしは引力をはなれる

ほら
ミルキー・ウエイ
マントを羽織つた少年が 玉乗りしながら
私に目をやり につこり笑つて
「よくきたね」

ありがたう しかしわたしは先をいそぐのだ
おぢいさんにもらつた羊皮紙の地図をたよりに
もくもくと漕いでいく
いつしんに
ひたすらに
なくしものは まだそこにあるのか
すてられてはゐないか
ぬすまれてはゐないか
わたしの気はひどく焦るのだ

ふりしきる 粉雪をつき抜けるやうに
乳白色の星々がとびすぎてゆくなかを
せつせと漕いで また漕いで やがて
さみしい外れのあたりにくると
川幅がだんだんほそくなる

おぢいさんの地図はここまでだ
大丈夫 ここまでくればもうわかる
あとは一本道だ
七十六兆の引力ベクトルが
相殺される空白に沿つて
通じてゐる ひと筋の透明な航路
やがて星々がまばらになり
ぽつり ぽつりときえていき
みつつ ふたつ
さいごのひとつ
そして終点

ひかりもなく 暗闇もない
ゼロと無限が たがひにぐるりとまはつて
ここでくつついてゐる
たしかにここだ
はじめての夢がわき出した
ひろがりも ふかさもない ひとつの点
やうやく着いた
かるく眼をとぢ ひと息吸つて
それからくるりと向き直る

とほくにひろがる 銀河の全景

やあ このせいせいした気分はどうだらう
この星々と そこに棲む 
生きとし生ける あらゆるものたちを
まとめて抱きしめてやりたい

さうだつた 時がうまれたその瞬間
わたしはたしかに さうおもつたのだ

これでいい じゆうぶんだ
なくしたものは もうなにもない
さあ かへらう

わたしはまたくるりと向き直り
姉さんの銀のかんざしを
さいしよの点に突きさす
わたしをとりまく黒い風船はみるみる縮んで
かんざしの先に吸ひ込まれ
水色の春のそらが頭上にふくらみ
波がゆするボートの上で 
わたしは潮の香を嗅いだ

まだ日は暮れてない
浜辺へ戻らう 駅へ急がう
最終電車に遅れないやうに
姉さんにかんざしをかへしに

とうにほろびてゐる
春の日のまちに



(二〇一七年二月十六日)




自由詩 最終電車 Copyright 石村 2019-03-05 15:45:12
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