疑似定刻
人形使い
砂丘の頂上にまっ白い紙箱がある。
パチパチととりまいているのは金色の砂粒。
腕を差し込むと自由電子はパチパチと私を阻む。
クーロンは孤独への希求に働きかける阻害の力だ。
蓋を開ければ、高層ビル、培養された空想の樹林、が隙間なく植え込まれた庭園である都市、は光にずぶ濡れ。
橙色の洪水は、頼りない団地の鉄板の階段の細い手摺りをもつるりと濡らしており、その滑りの感触がたてるあの夢の、高く昇ってきた階段が錆びて崩れて、黒い髪の毛のはえた頭が冷たく固いコンクリートに加速しながら漸近してゆく、夜毎の夢の恐怖の突風にあおられた私は、ジグザグランダマイズステップ踏み、まろびつつ、転がり落ち延びる。
声の無い影が、滑稽なうろたえた仕草の真似をする。
艶やかな絹糸の織布のような、洪水する黄昏に溺れ、さらさらとした夕焼けを掻き分けて、波間に垣間見た、輝く島嶼、浮き橋。
プラットフォームには朱墨うち撒けたように、贄の腰掛けのように、赤が流れ続け、洗われており、それは最果てへのいざないの手に似て消失点へ向けて長く長く延びている。
時の流れは燃焼し、酸化結合して、その重たさに間延びし、だらしなく、
(そうして薄くなった空気にひとは喘ぐ)
ダイヤは主観軸上に曖昧に垂らされた黒蜜の広がりの具合。
―疑似定刻。
ざぶざぶと斜光を割ってやってくる列車。
人は拒まれる。
抽象された情緒の青い彫塑は許される。
(こうして日々、誰かが使い捨てた心の起伏は連れ去られ、忘れ去られる。)
私は許される。
(おそらく私もまた忘れ去られるだろう。)
人影が、夕暮れの難民たちが置き去りにされ、遠ざかり、薄闇の底に飲み込まれてゆく様子を、私は窓に張りついて、首を長く伸ばし、食い入るように見つめていた。
また、町はずれの空き地では一縷の影法師が独立の歓喜に長く伸びた手足を波打たせて踊り回る様を見た。
夕日の重力に引き摺られて歪んでゆく世界。
やがて何もかも吸い込まれて虚ろがやってくるだろう。
そしてこの言葉は流れに刺さる細く長い最後の棹に、虚ろを吹く風の止まり木になるだろう。
吹き抜けてゆく虚ろに似た風に身震いをする。
私は夕方の廃アパートの崩れたブロック塀の隙間から、もう一人の黄金の私の小さな背中を見ていたのだった。
身を起こし、ひゅるひゅると吐き出した、老廃した細長い息はつむじ風になった。
歩き出し、アスファルトにこすりつけても影が剥がれることはなかった。
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