クロッキー 5 孵化
AB(なかほど)

夏コミ

ガロイ先輩の冊子の山は夏の氷のように無くなり、最後
の一冊を手に、どうしてこんなもの、と皆目見当もつか
ない僕に、代々木駅掲示板のカリスマだったんよ、とチ
ブラさんが明後日を見ながら教えてくれた。そこでチブ
ラさんのラムちゃんを想像する。(中略)ガロイ先輩は、
今来ましたとばかりに、それ、もう無くなるの?と鼻を
かきながら聞いてくる。僕は渾身の力で、そうだっちゃ、
と答えたが、そこから何が生まれたのか、履歴書のそこ
だけ未記入のまま、だっちゃ。



ねこみみ

ねずみっ鼻をつけて逃げるから
とっとと捕まえてくれ
満月に君がニャ〜って鳴けば
包まれるように僕がチュ〜って泣く
その声は君のみみにしか聞こえない
二人とも朝が似合わないので
明ける前に哭いておく
ねこみみがとれた君にはもう
届きはしない声で



違法販売ことばやさん

ニャ〜でいいのか
僕の言葉よりもニャ〜でいいのか
今日も君のニャ〜でポエムなんてやめだやめだ
と僕の仲間がまた増えてゆくというのに
そのたんびに僕の心臓から
こぼれ落ちそうな言葉を飲み込んでゆく
ただひたすらに飲み込んでゆく



送り火ピアニシモ

まだ不器用なあいちゃんの手では
線香花火の玉がもう少しと思うところで
ふっ と落ちる
もう少しでひとつの場面が、次の場面が、
君の声が、えくぼが、心が、もう少しで、ふっ
七尾湾にキリコが投げられ歓声がおこり
海上花火が鏡のような内浦に映えると
あいちゃんは漁港へと走り出す
地べたに残された線香花火があと3本





日平均残業三時間の男で惣菜売り場がごった返す午後9
時。たまには、という連中が鮮魚コーナーでうろつく。
白い袋の中には当然のように真ダラの切り身。鍋ですか?
と自分に問いかける。いやいや煮るなり、焼くなり、家
に帰りつく頃には嫁も子供もよう寝とる。煮るなり、焼
くなり、何となくしよっぱい。



ビー玉沿線

故郷行きの廃線が決まった
子供広場が掘り起こされると
縄文の玉がいくつも転がりだした
あの場所で昭和スキップをしたときに
失くしてしまったビー玉はもう
見つからないのにどこかで
こころはころころこつんと
音がするのを待っている



車輪人間

カーブの仕方や止り方が判らなければ
轍の上を転がっているほうがいい
自由とは自らを律する事と言いながら
あらぬ方向に転がり出していくワッカを
羨望している
まわれ、まわれ
あの日の君のワッカは今頃プレアデス
その軌道をなぞっても僕は駅前止まり



姥の喝

じいちゃんいなくなって
みんな泣いた
おばあは笑ってた
おばあは笑ってた   ほんなら
おばあは笑ってた   きばりや
おばあは笑ってた   いまからは
おばあは笑ってた   あんたらの時代や
おばあは笑ってた
あのしわしわずるいと思った



Stabat Mater

祈りを忘れてしまう夜がいくつもあります
誰かが亡くなったことを耳にしない日はないというのに
ハンバーガーを食べながら
我が子にその意味を問われました


孵化

ガロイ先輩は割れにくい卵の研究に6年
チブラさんはすぐ割れる卵の研究に3年
間に挟まれ僕はただ暖め続けている
マトリョーシカマトリョーシカ
孵ることなんか誰も望んではいない
マトリョーシカマトリョーシカ
孵るとこなんか誰も知らないという幸せ
マトリョーシカマトリョーシカ
カタリカタリと





自由詩 クロッキー 5 孵化 Copyright AB(なかほど) 2018-12-20 00:45:23
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