春のきまぐれ
本木はじめ

声色を変えてもわかるきみのこと遺伝子レベルで記憶してるから


色々と迷いましたよだけどこれこれにしますよこれはシャケ弁


開花してしまった空をもう一度つぼみに戻す さらば空想


淡々とシェイクスピアの悲喜劇を朗読するきみしかもケルト語


サラダってフレッシュだよねなんかこう歯磨きしたあと食べたいような


時間など関係なくてこの恋はもともと水を冷やした氷


つまりそれはイヴのものかも知れないが発見されるアダムの肋骨


鞄から這い出してくる美少女の過去には絶対ふれないように


眠り込む最終電車の辿り着く駅で微笑むきみがいる夢


線路上手をつないでゆく少年と少女の行方を追い駆ける冬


首都高を走るひかりをずっと見るまるで消えゆく希望みたいに


あこがれの先輩卒業した春の部室にひとつ残るメガホン


焦げているフランスパンに耳はないピカソの描く無音のセーヌ


ことなかれ主義ですもうね眠いんです五億年ほど眠らせとくれ


ある晴れた春の日転校した友にもらった宝を埋めた雨のその夜


たそがれのいろを問われてたそがれるあなたのいろが侵されてゆく


ノルマンディー上陸数分前の砂浜に生まれるウミガメは比喩


穏やかな春の陽射しの降り注ぐ山を切り取る教室の窓


アラビアでノアの箱舟掘り起こす天気雨にも恐れ慄き


知恵の実の遺伝子だけを吐き出して楽園目指す少年少女


長過ぎるもしくは短すぎるこの人生すべてを夢見るうたた寝


弓使い林檎を頭に載せたイヴの背後に蠢く蛇を狙って


洪水の干いた岩場に耳を出すうさぎの瞳の薔薇色の赤


かたちあるものはいずれは溶けてゆく働き蟻が見たチョコレート


平泳ぎで世界一周してみようあんた前世は蛙だ絶対


探してる森で出あった美しい蜘蛛の巣越しに見えるきみの手


血は乾きひからびてゆく液体であったころとは違う温度差


祖母たちの昔話を聞くときの姉と弟おなじ仕草で


超古代遺跡に残る古地図はならずものらの夢の足跡


橋の下に流れる河を泳いでる魚はやっぱり魚座なのかな


ゆうらりと春の盗賊かなたから青い季節を奪いに来る夜


乾電池一本だけで太陽が生まれるここは蟻の王国


金魚鉢まわる金魚がゆっくりとかき混ぜている夏の思い出


振り返るよりもすばやく背中からあなたの視線が突き刺さる痛い


ひだりみみ両手でひろう禁猟区 前世か来世の夢だと思へ


延々と伸びてゆく影探偵は夜になるまで星を尾行す


言葉吐くまもなく君を抱きしめて胸の合間の汗のくちづけ


横浜に停泊している船の窓 異国の少女が見つめる異国


紫のあやしくひかる夕暮れに赤を選べば青はたそがれ


おとうとといもうとねむる窓辺からぼくは見ている幽霊だから


選ぶことと迷うこととの違いとは?前者は期待で後者が不安?


官僚の提出予定のテキストの裏に子供の「ぼくのとうさん」


三月の優しい風に目を閉じて馬のたてがみゆっくり撫でる


少年と少女の香り失った材木置き場の教室の椅子


白薔薇のパズルのピース欠けているコップのようにとわにかれない


春泥のごとき別れはふいに来て青空みてる水たまりの中


何色の色を使えば描けるか未だ描けぬ我が国 大和


少年と少女の袖が触れ合った今年の春のはじまりの合図


ジョイディヴィジョン聴きつつワインを注ぐとき愛がふたたびぼくらを分かつ


廃ビルが変化してゆく街並みを見ている少年少女の墓上


見続けていますあなたの泣きぼくろ鬱になるまで暗くなるまで


わかれゆくふたりのあいだにあるとびら思い出螺旋は下るしかない


防護服からはみだしている黒髪が変色してゆく爆心地の夜


靴下を片方脱ぎ忘れたゆえ?夢でわたしは骨折してた


飲み会の帰りに食べたラーメンがうまかったと言う定年の父


松林の奥で見つけた思い出の廃車の中で眠るぼくたち


制服に付いたかなしみ消えぬゆえ焚き火で燃やす赤いせつなさ


剣山を握るくらいに後悔はじわりとひろがり固まる黒い血


白黒をはっきりつけたい夜もある十字に流れる花火のゆくえ


均衡を保っていますシーソーの影に過ぎないぼくらの駆け引き


じゃがいもを食べに行きますそう言って冬の夜中に鍬を持つきみ


心配し電話している少年の母に届いた風邪の便りで


鬼ごっこしている少年少女らが森でかくまう瀕死の盗賊


まぼろしのような否定は科学では解明できない犠牲の美学


荒城で待ち合わせするふたりきりの戦となるやも知れぬ駆け落ち


アバウトなボーイだ僕は消えかかるはっきりしない夕焼けが好き


地中海さまよう防水スーツ着て潜れど故郷の海が離れづ


四方から取り囲まれる山賊の最期に目にした蒼いゆふぐれ


花束を抱えて走る花屋からきみの元まで出来る花道


屈折す水中光の曲線を好んで描く春の気まぐれ


五次元に散りゆくさくらのいろのこといろいろ語った四時限のあと


重油船転覆してゆく凪いだ海インクの染みのひろがるさまは


朝焼けを浴びるあなたの額から汗がながれる春の朝練


麻酔薬乱用すればもう二度と彼岸花とは呼べないあの世


どこまでも飛行機雲を追い続ける子供に見える帰郷した父母


角砂糖とかしてかたちがなくなった甘い生活リズムよさばら


つまづいた妹の櫛欄干へ落ちるきらきら光る鶴の絵


携帯の着信音がきみの声だったらいいな春はあけぼの


ぬいぐるみみたいなパンダ本当は中に誰かが入っているとか


書くことができないさようならなんて言えないだから仲直りしよう


洗濯機冷蔵庫など運び出す春の引越し業者は新人


罠だとは知っていたけどもういいのわたしはわたしにうんざりしたの


あさっての方向むいて考えるキャベツとレタスは兄弟なのかな


杉林ぬければくしゃみも鼻水も気にならないさぁここで飛ぶんだ


胸騒ぎこんな夜です鳥たちが闇でも自由に空を舞うのは


対象がいない春です占いの異性運だけ二重丸でも


計画を建てて失敗してたあの頃のぼくらが一番好きです


食べ尽くす吐いても吐いてもまた食べる希望とよく似た日々の欲望


一巻の終わりは二巻の始めだとくだらないこと考えていた


朝露の冷たい雫が頬に落ち薔薇の名前を思い出したの


暖い紅茶にミルクを注ぐときのきみの仕草も春だと思う


怪しげな笛の音色に誘われて森へゆくきみ届かない 声


わたしたちばかりどうして狙うのよ果物ナイフを責めるくだもの


進みゆく桜の胎動 赤と白 今ごろ幹の中で混ぜてる


喪った翼をふたたび得んがためたとえば鴉の死体を探す


お留守番ちゃんとできるねそう言って嵐の海へと身を投げるノア


もうなにもわからないからあきらめる静かな庭でお茶を飲むきみ


未来から捨てられている廃屋の縁側お茶を飲んでるふたり


動かないきみを見ながらお茶を飲む春の陽射しが優しい庭で


川沿いを駆けゆくどこかに橋があることを信じて黄泉のマラソン





短歌 春のきまぐれ Copyright 本木はじめ 2005-03-24 22:56:48
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