詩は記録される雨音
ホロウ・シカエルボク



喀血する連中の
猥雑な足さばきを見なよ
割れた石畳で
ブレイクビーツみたいさ

いつまで経っても周波数が合わないから
指先がバカになるまでチューナーを弄んでる
枯渇の上に怠惰を築いた
傍目だけ小奇麗な街はいつも通りで
俺は必要以上に
ソールの汚れを街路に押し付けていく
車道ではホーンの音が
統率者の居ないオーケストラみたいに好き勝手に鳴っている

晴れた朝のあとに翳る昼があって
少しだけ雨の匂いがする夕方があった
慎ましい女の泣声のような雨音が
速い夜に少しだけ聞こえて
窓ガラスはそれっきり情報を寄こさなかった
俺も別に欲しいわけではなかったし
いくら突き詰めてもなんの役にも立たないものだった

時々ふとした瞬間に失ってきた日々が
最終関門のようなクエスチョンを投げかけることがあって
そのたびに俺は呆然と日常を見送っていく
過去が欠片になって身体中を貫いているのに
晩飯のことで頭がいっぱいみたいな顔をして

電波時計はあらゆる時計の中で一番
時刻を告げることに無頓着な気がする
近頃じゃ秒針の音すらしない時計が売れるらしい
そんなささやかな表示をどんな奴らが購入の理由にするのだろう
一時間おきに鳩が窓から飛び出してきた時代はもう
ファンタジーと同じくらい別次元の出来事だ
音楽を絶えず流してしまうのはきっと
ブレイクの瞬間の静けさを尊いと感じてしまうせいだ

昔よりも少し
浴室で身体を綺麗に洗うことが上手くなって
人生はまんざらじゃないと感じる
ほんの少しの手応えの蓄積が糧となって
時間制限のない懐かしいゲームみたいな毎日が循環する
時は儚くない
それに纏わりついてるひとりひとりの過去が儚いだけなのだ
数年前の雑誌のページをめくっていると
表紙を含めて死んだ人間ばかりだったと気づいた瞬間にそんなことを思った

ストレイト・トゥ・ヘル、少し見学してきても構わないかい
絶対数が聖書の時代とはもう違うのに
善悪で人間を分ける必要なんてあるのかい
「すべての地獄は現世にある」って
もっともらしいこと言ってたのはどこの誰だったっけ?
印象的な台詞は作者を忘れさせてしまう
その意味を喜ぶのが楽し過ぎるせいさ

俺の家がある大通りから一本外れた小狭い路地の片隅に設えられた側溝には
もう何年も流れていないような水が溜まっている
時折近所の人間が竹箒を突っ込んで流そうと試みるけれど
先で致命的に詰まっているらしくてすぐに戻ってくる
半時間もするとなにも起こらなかったみたいにそこで澱んでいるのさ
俺はああまだここは詰まっているんだなと思うだけだけれど
どうしても流したがってる連中は自分の人生を見るようで気に入らないのかもしれないね
だけど仮にそこの水が流れて居なくなったところで
誰かの人生の水捌けがよくなるわけではないのだけれどね

昼間には気も狂わんばかりの湿気が辺りに立ちこめていたけど
日が暮れると季節が逆戻りしたのかと思うほどに涼しい
風邪なんか引かないようにねといろいろな人に注意されるけれど
風邪を引いたのなんてもう五年は前のことだ
子供のころは熱を出すたびに見ていた奇妙な夢も
今じゃほとんどの場合は記憶の抽斗のなかに眠ったままだよ

おそらく人は
過去があるからこそ生きるのだ
そこに残してきたもののことをもっときちんと知りたくなって
これから始まることのなかにそいつを探してしまうのだ
俺は時々廃墟の中に隠れて
それが生きていた時代のことを思う
もう誰もが忘れてしまって
緩んだ床や崩れた壁なんかには思い出すことなんか出来ない
そんな凍てついた時間のなかに座り込んで
自分がもしも廃墟であったとしたら、と俺は考える
どんなものを使って過去を語るだろうかと
床に散らばった衣類や
残された雑誌みたいなもので語るだろうか
それとも破れて垂れ下がった天井クロスや
歪んで動かなくなった引戸などでそれを語るだろうか
そこに誰が訪れるだろうか
そこにどんな噂が生まれるだろうか…
窓の外から少し覗くだけで
美しい調度品がずらりと並んでいるような
そんな廃墟でなくて良かった
語らぬまま判り合える友達を見つけようとしているような
そんながらんどうの廃墟で良かった、なんて
くだらないことを考えながら崩れるのを待つだろうか?

すべてがひとつのものになって
目を開けるだけで様々なものを見ることが出来る
そんな時がもしもやってきたら
俺は明日を待ち遠しいと思うだろう
幼いころにそんなふうに思えたこともあるにはあったけれど
それはちょっとした錯覚のようなものだったんだよ
俺はいまそれを理解していて
そして寝床に横になろうとしている
あまり夢は見ないだろう
もし見たとしても
目覚めたときには誰かに話せるほど覚えていたりすることは多分ないだろう



自由詩 詩は記録される雨音 Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-06-14 23:13:55縦
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