GIRLS OFF
佐久間 肇

少女は少女のままで腐り、
そのまま氷のように頑なになって、
誰にも見向きもされなくなった。
りんごの端っこを噛んで、
少女はなけなしの塊だった。

 どうにも止まらず、
 「やめてください」という声が聞こえた。
 (一体どこから?)

空にはけたたましく獣の鳴き声がする。
鳥獣は怪獣になる手前だったのか後だったのか?
あのくちばしと牙の間に挟まっている
少女の肉片の香りはまだ生々しい。

 そっと凍えるの。
 言葉を伝えようとしたから。
 声に出して言ってしまった。
 少女は「あっ」と声を発して黙ってしまった。

まだ早過ぎたらしい。
若々しいりんごをもぎ取って、少女は誇らしげに掲げる。
りんごは太陽を隠して、
隠された太陽は居場所がなくなって
泣きながら怒って、落ちていった。

噛み砕かれなかった欲望は
歯の間に挟まるような、ささくれ立って規律正しい順序をもつ。
横一列・縦一列に整列をして、獣の道を誘導する。
ぶつ切りの言葉を並べて、少女はしどろもどろ。
少女の持つ桃色の肉片では、手の届かないプラチナ色のアレ。

 アレ。あれ。あれがほしいの。アレよ、あれ。

今までだったら少女の意のままだったりんごたちは
しかし、いっせいにそっぽを向く。

 だって、もう貴女は少女じゃなくなってしまったから。

りんごの端っこが茶色になって
少女の瞼に覆いかぶさってきた。
その頃、上空では。
いよいよ牙を剥き出しにし始めた始祖鳥が
少女のわずかに残る桃色の部分をめがけて円を描き、
少女に無残に落とされた太陽が
怒りの向くままに植物を育てていた。

まだ花を咲かせることを知らない植物が、
細胞膜だけを進化させて、透明色の体の中へ取り込もうとする。
子孫を知らない欲深い植物は、貪欲で
腐りかけたりんごも、少女も、太陽ですら飲み込めると思っていて
それを見ていたものたちは全て、
身分を明かせない王子様のように閉じこもってしまった。

少女はもう、悪ふざけを許されるときを過ぎてしまった。
おふざけをしていたつもりが、ひどく叱咤されて
へそを曲げて拗ねていた。
少女のお腹の中では、とうにりんごが熟れて、甘い匂いを発していた。

 生みださなくては。アレを。あれを。

りんごがお腹の中で熟れていく。
そして、大きく大きく、膨らんで。
少女のりんごは赤くもなれないまま。
急ぎすぎてしまったの。

 まだ。まだ。間に合わないわ。もうーーー。

少女は、好きだったあの人のことを考える。
少女にも初恋があり、二度目の恋もあった。
そうして気がつくと、少女ではなくなっていた。

「あっ」

好きだった人の顔を思い出そうとしても、
どの顔のことだったのか、思い出せない少女。

 あたしは一体、誰が好きだったのーーー?

少女の油断を獣は見逃さなかった。
いっせいに襲いかかられて、貪り食われてゆく少女の躯。
残り少ない桃色の躯。
噛み砕かれる肉の痛みに、悲鳴ひとつもあげさせてもらえず、
泣くことも叶わず、懺悔させられる意図をも分からず。

茶色に染まったりんごが残され、少女の躯はなくなってしまった。
えぐられた過去の中に、少女の知るものが?
熟れて果汁を滴らせていたりんごも、太陽の怒りに負けて干乾びていった。
少女のお腹の中を懐かしむこともなく。


自由詩 GIRLS OFF Copyright 佐久間 肇 2005-03-21 06:17:56
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