桑田佳祐と黒い鞄
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東京の、東側にある下町の一角。
バラック建ての小屋が建ち並ぶ路地裏の奥に、ひっそりと営業している立ち飲み屋がある。
カウンターだけの狭い店で、客は私と桑田佳祐だけ。
桑田はイカ刺しと塩サバを肴に燗酒を飲んでいる
私も千円札二枚をカウンターに置き、桑田と同じものを注文する
立ち飲み屋だから、注文と同時に金を払うシステムなのだ。
皿の絵柄が透けて見えそうな薄いイカ、きつね色に程よく焼きあがったサバ
割り箸で、イカ刺しをすくい、塩サバをつつき、杯が空く。
しばらくして、私は、桑田に曲作りの極意を訊いてみる。
桑田はどんな曲でも二~三日はうめき苦しむと言った
桑田のような才人でもそうなのか、と意外な気持ちになる。
杯を空けるごとに酔いが回り、私は、前後不覚に陥ってしまう。
立ち飲み屋の、カウンターの奥に、経営者と思しい老婆が暮らす部屋があり、そこで目が覚めた。
私は、汚い煎餅布団に横たわっている
とっさにジーンズの尻ポケットに手をやり、財布の有無を確認する。
財布はあった。
しかし、背負っていたデイパックが見当たらない。
火鉢の横に、白い割烹着を着た老婆が、ちょこんと座っている。
「リュックサックがない」
「そこにあるよ」
老婆が指さすところを見ると、古びた三面鏡の横に四角形の黒い鞄。
はて、私はデイパックを背負っていたはずだが、今日は鞄にしたのだったのかな?
そんなことより、桑田はどこへ消えたのだろう?
とりあえず、財布は無事である。
それだけでも、良かったじゃないか。
リュックサックか鞄か、そんなことは、大した問題ではない。

このあたりで、目が覚めた。
まだ朝の六時前であった。


散文(批評随筆小説等) 桑田佳祐と黒い鞄 Copyright MOJO 2018-04-21 07:44:01
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