少女と森
あおい満月

森は深く続いていた。森にはすべての闇がある。闇が森のすべてなのか。植物で覆われているせいで、緑は闇と化すのだろうか。森のなかで声を出す。私の声は喉から腕になって森を掻き出していき、森を食べていく。森には味がない。口に入った草木は灰になっていき、チョークの粉が肺に入ったように私は咳き込む。まだ夜明け前だった。太陽が手のひらに昇ってくると、食い荒らした森の地面にことばが見えてくる。けれど、ことばであって、ことばではないことばだ。私には記憶がない。ことばを吐いた記憶がないのだ。しかし、どれも私のことばである。



森のなかで誰かの呼ぶ声を感じた。
振り返ると一人の少女がいた。
「あなたは死にたいの?」少女が言う。
「この森をこんなに明るくしてくれたのに、あなた、死にたいの?」私は答えに困った。首を立てにも横にも振れない。
すると少女は近づいて、私の口に何かを入れた。

**

それは不思議な飴玉だった。酸っぱいような、甘いような、嘗めはじめるところころと味が変わる。心臓が疼いた。動脈瘤がものすごい勢いで流れるのを感じる。頭のなかに音を感じて、私は、生きていたくて仕方がなくなる。走り出したい気分に駈られたとき、少女はあることを口にした。
「実はね、この森はかつて死者の森だったの」

***

どのくらいたっただろうか。少女が真実を話終わるまで。かつてこの森は、緑豊かな楽園だった。それが死者の森に変わってしまうまで。緑豊かな安らぎの森で、心に傷を負った人々が、いつのまにか森に定住してしまい。豊かな森で暮らす人々はやがて社会(外界)を嫌悪するようになり、この森で次々と集団自殺をした。いつからかこの森は、癒しの森から、死の森と人々から忌み嫌われ、放置されたままになっていたらしい。その森を、今、明るく太陽を運び込んだのが私だというのだ。

****

私は自分のしたことの偉大さが信じられなかった。森から出た陽のあたる草原で、少女と色々な話をした。少女は歳は11歳だという。若く結婚していたら、私の子供もそのぐらいだろうか。
少女は頭が良かった。少女は思い出したように「帰らなくちゃ」という。母親が待っているのだという。彼女の母親というのも気になったが、とりあえず「またいつか」と手を振り別れた。

*****

あの飴玉の味が口のなかに残っていた。
太陽はあたたかい。私は、一番会いたい人のもとに帰るために、踵を返した。
私の一番会いたい、あの柔らかな微笑みのあの人のもとへ。



自由詩 少女と森 Copyright あおい満月 2017-12-21 21:18:22
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