カーネーション
あおい満月

私にはこどもがいた
誰にも知られることのない
私だけのこどもがいた
男の子だった
その子は口がきけなかった
けれど、目と耳だけは確かだった
彼は目でことばを話し、
耳で私の心を食べていた
だから、私は彼には
隠し事は出来なかった
ただひとつだけ、私には
彼に知られたくないことがあった
それはこの家のことだ
この家には、鋭い監視人がいて
私たちはこの家から
逃げることが出来なかった
それはこの家を司る大きな母の目だった
母は目が見えないけれど、
私と私の息子のことはよくわかっていた
息子は母によくなついた
彼は母の紡ぐ物語を聴くのが大好きだった
一番好きだった物語は、
ある一人の可愛い娘が母になり
どんどん太り、家族や家を食べていき
やがてひとりになり、娘は年老いて死んだあと
娘の家のあった場所にハナミズキの樹が生えて
四月にハナミズキが満開になるという話だった
冬の寒いある朝、
突然母が息を引き取った
病院の霊安室で、息子は母にすがりついて泣いていた
こんなに悲しい息子の姿を見たことはなかった
目を失った家は太陽の光を浴びながらも
光を寄せつけなかった
ある日、息子の姿が消えていた
私は驚いたが、息子はこの家になった
この家のリビングのテーブルには一輪の
白いカーネーションが
そっと花瓶に生けてある



自由詩 カーネーション Copyright あおい満月 2017-12-20 05:10:28
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