辛夷
藤鈴呼


風邪を引いたら桃缶と相場が決まっている家庭で
炬燵に蜜柑を乗せる程のステータスには包まれなくて

冷風を待ち侘びながら真夏に食べた冷風麺は
かの土地で「冷やし中華」と呼ばれた風

素材も見た目も同じなのに 味が違うのはどうしてと
幼子のきょろんとした目に見詰められた時のような歯がゆさ

上手く説明出来ないのだ 目の前に御玉がないから
救おうとした桃の実も 腐ってしまう季節だからね

一体 旬は 何時なのだろうと独り言

全国各地のスーパーで 何時でも売ってる桃缶を
パクリ 口に入れたが最後 ウッと呻いてしまいそうで

吐き出すのは桃ではなくて 咳とか痰の筈なのに
間違って 要らない言葉が飛び出しちゃったりして

お茶目な笑顔を向ける相手も見つからぬまま
ゆっくりと木を見上げたら
淡い桃色の辛夷が目に入ったよ

ふうん こぶしの実って 可愛らしいんだねぇ
桃みたいに やわらかいようなイメージだけれども
きっと 触ったら 固いんだろうねぇ

拳握り締めながら 誓った約束だとか
コブシキカセテ歌い上げた楽曲だとかを
色濃く 思い起こす夜に

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自由詩 辛夷 Copyright 藤鈴呼 2017-10-15 11:42:34
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