あらかじめなにかが窒息している
ホロウ・シカエルボク

ガラス管のなかに生身をむりやりねじ込まれるみたいな感覚が長いこと続いていた、閉塞感なんて月並みな言葉で話しても良かったがいつだってそんなものに真実を語る力などない…そこら中をうろついてる、在りもののイデーにかしずいてる連中を見れば分かるだろ?可聴可音域のみに制限されたミュージック・ディスクみたいなものさ、言外のことはそこには内包されない―日付変更線まで半時間近くになったころ、通り過ぎる車のエンジン音ももうずいぶん少なくなった表通りで、言語化されない感情を叫んでいる男が居る、少年が宿った老人のようなその声は悲しいほど一時的だ…酩酊の果ての愚行なのか、それともあらかじめ愚かな魂を持って生まれてきたのか、どちらにせよそんなものは空地に投げ捨てられたカラのペットボトルとたいして違いはない―よく目立つかそうでないかというところ以外には…先週、仕事の帰りの堤防沿いで目撃した事故のことを思い出す、小さな、欠損した、動脈からの血液にまみれたなにかが転がっていた、若い女が気が狂ったみたいに叫んでいた、そんなことをしてももうどうしようもない…あの日は雨が降っていた、仕方なく降っているみたいな意気地のない雨だった、おんぼろのスクーターのタイヤはよく滑って…俺は自分が死なないようにアクセルを保つのに精一杯だった―凄惨な、突然の死だけが悲しいわけじゃない、死にとって原因はギミックに過ぎない、命にとっての人生がまたそうであるように―信号をひとつ過ぎれば、もう叫び声は聞こえなかった、あの女がこれからどれだけ泣き叫ぼうと―ひとたびすれ違っただけのこの俺の耳にもう二度とその声は届くことはない…堤防の下を高架目指して走ると、その橋げたのそばに目立たない小さな公園がある、気分を変えたくてそこの公衆便所でしつこく顔を洗った、やたらと足音がでかく響く、ボートみたいな材質の公衆便所さ、個室には五月蠅過ぎるくらいに管理組合の注意書きがベタベタと貼り付けてあった、まるで下らないデモのあとみたいだった―高架を越えたところには操車場があり、いくつかの列車が俺に興味があるとでも言うみたいにこちらを向いて停車していた、どこまで行くんだい、と俺は彼らに尋ねた、定められたところまでさ、と、なんでもないことだというような顔をして彼らは答えた、「定められてどうするんだ」どうもこうない、と列車たちは答える、「俺たちは初めからそういうものとして作られてプログラミングされて設置されてるんだ、様々な場所を走るけれど、どこを走ったところで枕木の上であることに変わりはないさ」それもそうだな、と俺は答える、「君の暮らしは面倒臭そうだ」列車たちはそう言って汽笛のような笑い声を上げた―大昔、と俺は考える、大昔に、俺の脳味噌のキーボードを叩いてプログラムを実行したのは誰なんだ?そんな疑問に答えなどあるはずもなかった、謎のために人は歩みを続けてしまうのだ…コーヒーはひどく冷めてしまった、飲みつくしてしまおうか、それとも流してしまおうかとしばらくの間考えたが、結局飲みつくして捨てた―台風は初めこそ勢いが良かったがそのあとは俺の住むボロ屋でさえ無事にまぬがれる程度のお粗末なものだった、台風が来るといまでも、もしかしたらすごく面白いことが起こるんじゃないかと考えてしまう、でもそんなことは起こりっこない、飲み干したコーヒーの後味が残るだけだ―しばらくの間アプリゲームに興じたが進展は見られなかった、上手くやらなくちゃ駄目だよ、と俺は自分自身に話しかける、みんな上手くやれないんだ、ヴィジョンってもんがまるでないせいさ…ただただある種の―そう、ジャンルを守ろうとすると人間はすぐに不器用になるものだから…ベンチに腰を下ろして空を見上げた、九月も知らない間に脇を通り抜けて行ってしまおうとしている、休日の今日は余計に人影もまばらで、操車場に覆いかぶさる天蓋のような陽の光を見ていると、俺は自分が世界でたったひとりになったみたいな気分に陥る、風は穏やかに吹き、少し離れたきちんとした公園で遊ぶ連中のはしゃぐ声を届けてくれる、太陽は無数のナイフを投げつけているように煌いている、どうしてあんな太陽が輝かなければならないのだろうと、そのことばっかり考えながら午後の仕事を片付けた、答えはまだ出ていない、ガラス管のなかに生身をむりやりねじ込まれるみたいな感覚が長いこと続いている、操車場で仲間を探している連中の何人かと話をしたけれど、まるでらちがあかなかったんだ。


自由詩 あらかじめなにかが窒息している Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-09-19 00:07:49
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