やさしい
秋葉竹

あのときわからなかった あなたの嘘
いまならわかる やさしすぎたね

ブルージーで でもねっこは明るい音楽は
いちにちの もう忘れたい辛い疲れを 慰め
いつもの シロとクロの夜のけん盤を
やさしいあなたはどんな静かな夜だって
生きてるよろこびをかみしめて弾いてたね

この酒場の
裏の壊れかけの危険な階段に住む猫は
屋根がまぶしいほどの満月の夜空を眺め
降りそそぐ月光をあびると
いつだって
仲良くケンカするネズミを追う勢いで
けたたましく屋上に駆け上がり月に向かって
真っ直ぐなジャズの魂を歌い上げる

月に一度きりの お祭りさってね

あたしの歌なんて聴く客なんていないのに
その野良猫のろうろうと押し出す
月に届かんばかりに絶望を噛みころす歌声には
酒場で寝ている酔っ払いたちも直立不動となり
赤ら顔をさらに真っ赤に染めて拍手喝采する

あなたはやわらかくピアノを弾き続ける ほらね

あたしのために作ってくれたむかしの歌を

毎夜、もうピアノやめなくちゃな
と聞き逃すほどのかすかなため息まじりに
少し 照れたように 小さく微笑みながらーーー

その やさしい嘘と微笑みの意味が
おさなすぎた
(っていっても二十代もなかばでしたが)
あたしにはわからず
この世で一番あたたかいお店で
普通に歌を歌って スコシ呑んでいられた
たりないものがない 幸せだつた夜

幸せを思い出すたび
あなたの冷たい影にいだかれ
まだ歌っていてもいいんだと
あなたが許してくれた歳月に感謝し
いまはもう あたしにしか聴こえないけん盤を
叩きつづけてくれているあなたを
どんな静かな夜もたのしげで
綺麗な でもお酒の味のするジャズが
大好きだったあなたを

今も当然、こころから
慕い申し上げております

死がふたりをわかつまでーーー
の誓いの儀式はしてないけどね

しなくて正解だったかもね
だって、死もわかてないからね、ふたりの仲

ーーー重すぎって?
ーーーーーーハハ
そこはもうおさきにお亡くなりになったかたの
負けってことで

ハハ ガマンしてるの こっちだからね


自由詩 やさしい Copyright 秋葉竹 2017-09-08 22:39:22
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