彼岸花
あおい満月
花びらを握りしめた
手のひらをそっとほどく
花びらは蝶になり
夜明け前の赤い空へむかって
円を描きながら飛んでいく
*
指先から聴こえる
川の鼓動をたよりに
目を覚ました足で
鼓動が聴こえる方へと歩いていく
暗い冷たい壁を伝いながら歩く
*
彼方に金色の光がもれている
誰かの声も聴こえてくる
楽しそうな声だ
歩いても歩いても彼方は遠い
何度も転びそうになりながら辿りついた
*
その場所には死んだはずの祖父と祖母がいた
笑っていたのは幼い日の母と叔父だった
金色の世界には滝が流れていて
水の色も金色だった
金色の魚たちが話しかける
*
(ここは死後と現世の仲介の場所なのさ)
魚たちが笑う
私はどうしてこんな場所に来てしまったのだろうか
(皆、おまえに会いたがっていたのさ)
私はもう長いことお墓参りに行っていないことを思い出した
*
(おまえの手の中のその花を手向けよ)
魚たちに言われるがまま私は祈りながら
花を足元に手向ける
真っ赤な彼岸花だ
*
すると、
一瞬強い光の後に
視界は一面真っ赤な彼岸花で埋め尽くされた
あたたかな風が吹き抜ける
祖父母が手を振っていた
*
蝉しぐれが
時間の輪郭をなぞっている
晴れた空に降る雨と
厚い雲に架かる虹に
遠ざかる夏を受け入れるトンネルを見た