夏、弾丸高気圧、殺人
北街かな

生まれてから一度も手にしたこともない拳銃の引き金を引く練習をずっとしている。
ズズドドン、パーン
ピーーィ、キュイン
弾丸は脳の斜め後ろあたりから眉間に向かって飛び出すよ、
世界は失敗した花火で、いっしゅんで白日夢になる、
弾丸の向きと逆にずっと背後のかなたまで続いている残像があるよ、
昨日の後悔とか、
おとといの後悔とか、
四日前の後悔とか、
一週間前の後悔とか、
先月の後悔とか、
去年の後悔とか、
十年前の後悔とか、
生まれた瞬間の後悔とかが。
つらなってひと続きになって折り重なりあってカビの香りがしてきて、むせる。
古くて汚れた本の匂いが充満して、ここには出口もない。
ぐじゃぐじゃのざらざらになるまえに、きれいにしまいこむために、そうだ、棚を買ってこよう。

雲のようにしろい棚を。
悔やみと悔しみを圧縮して縦にして、隙間なく整頓するための。

完全に死んでしまった失敗した白雪姫の肌ような棚のうえには、季節性の沈黙があった。熱い影が濃く黒く焼きついて出来ているそれは、どう見ても拳銃のようだった。
引き金は爪のようにかがやき、指先の引っかかるときを正午までずっと待っているのだ。
ふんぎりがいつまでもつかなくて、手元で指先だけを動かしていて、
ああだこうだと引き方を考えて、音を想像して、衝撃に耐える体勢をとっては返し、またひと指し指をじりじりじりと動かして、

太陽がだいぶ行ってしまったころには深くて重たいカタマリもずいぶんとうんざりとした様子だった。
形を覚えていることすら投げ出してしまったようだ。
溶けもせず、透明にもならずに、
また鳴らない拳銃が夕方とともに蒸発してゆく、ああ、
手にしたこともない凶器が聴いたことのない銃声を夢想して、
さいきんは夏になるたびに毎日死んでいる。
底なしの棚のうえに横たわり、
あたらしい後悔にぴかぴかのくろい帯と虹色のカバーをかけて、背表紙を丹念に押し込んで、隙間に丁寧におさめて、
また死んでいる。
太陽が昇るたびにぜんぶ白くなって音もなにもしなくなるから、
私の首筋から線香の匂いがするたび、まだ菊のなかにいない体を不思議に思う。

ズズドドン、パーン

脳のうらの泡の膜の底から弾丸が盛りあがってきて

ピーーィ、

眉間の方角に向かって光速が貫いていく、音はやはりすこし遅れていて

キュイン、

見えるものと聞こえるものがずっと一致していなくて
すばやく後ろを振り返って撃ち殺すまねをする、撃ち殺すまねをする、標的は何人も同じ顔で、私と同じ顔をした虚ろなノート、撃ちぬくまねをする、ぜんぶ忘れるために銃声を鳴らすゆめをみる、過去の私が全員しぬゆめを見る。

空想の硝煙に似た匂いに鈴の音がしだいに混じる。
白だけがぜんぶ覆いつくしてしまえばいい、

光速が、すこし遅れてくる破裂音で、
雲を影を蹴散らして、
完全な光だけの気候が、
ぜんぶを忘れるために無言の夏を支配する。


自由詩 夏、弾丸高気圧、殺人 Copyright 北街かな 2017-06-25 21:04:48
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