犯す
印あかり

ぬっとり湿った夜の膜を
そっとふたつの指で広げれば
胸を裂くような光のしたを
あたたかさ、なさけなさの影が歩いていた

カーブミラーの歪みのなかの
少しだけ正しい領域を
裸足で歩くわたしがいた

夏の神様の青い息が
夜風にのばされて街を包み
木造アパートでひとり
微旨のあぶらみを味わっていた詩人の
鼻を覆ってしまって
彼は明朝体の歯ごたえだけを
今日の慰みにするのだろうか

ああ

本当は知っていた

あの部屋を出た瞬間から
わたしだけがその匂いに気づいていた
夜だけじゃない雲の膜
水だけじゃない不純の匂い

泣きそうな心で階段を降りた
わたしを見ていた、本当の歪みを
(正すことなどできない)
(だからこそわたしはあの部屋を出た)

右手にぶら下げたバットが
アスファルトを引っ掻いている
ポケットのなかで、ずっと
部屋の鍵が鳴り続けている

踵から流れだす正義で
往く道に残した予告とためらい


自由詩 犯す Copyright 印あかり 2017-05-25 07:43:30
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