花残り月
1486 106

脇目も振らずに走ってきたよ
余所見をしている余裕はなかった
家と会社を往復するだけの毎日

ケースに入れたままのギター
若者の音楽を受け付けなくなって
大好きな歌も歌えなくなっていた

しばらく連絡を取っていなかった
あの人のことを思い出したのは
病院からの電話を受けた後

いつでも会えると思っていた
あの人に残された時間は僅か
気付けば三月が過ぎていた

桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
汚く萎れてしまっても夏が来るまで咲いていてほしい
桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
小さく萎れてしまっても秋が来るまで咲いていてほしい


久しぶりに顔を合わせたのだから
文句の一つも言えばよかったのに
どうして謝ったりするんだろう

見違えるほどに痩せてしまって
きっと物凄く苦しいはずなのに
どうして笑ってくれたんだろう

いつでも会えると思っていた
あの人に会えるのはあと僅か
四月の二週目が過ぎていた

桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
汚く萎れてしまっても冬が来るまで咲いていてほしい
桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
小さく萎れてしまっても次の春まで咲いていてほしい


病院からの最後の電話
脇目も振らず走り出した
もう一度あの人に会わなきゃ


桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
小さく萎れてもいつまでも咲いていてほしかった
桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど
それを見ることはできなかったから確かめようがないな

全てが終わって病院の駐車場
いつもは暗くて見えなかった
桜の花はずっと咲いていた
気付けば四月もあと僅か


自由詩 花残り月 Copyright 1486 106 2017-04-29 21:41:36
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