紅月

ある冬の朝、飼っていた鸚哥が死んだ。



ちいさな黄色の、頬がほのかにあかい鸚哥。どのように出会ったのか思いだせない、な
ぜ、いつからここにいるのかさえわからない、物心ついたときには当たり前のように鸚哥
はわたしの部屋にいて、交差の痕だけがあおくまばらに散らばる家の、閉ざされた部屋の
なかにわたしたちだけがいつもふたりだった。この部屋から出たことのないわたしは文字
の読み書きすら知らず、鸚哥に言葉を教えることなんてできなかったけれど、鸚哥ははじ
めからおおくのみずみずしい言葉を知っていたから、わたしはぎゃくに鸚哥からたくさん
の言葉をおそわって、こうして文字を読み、書けるようになったころには、わたしたちの
会話は鸚哥のつややかな羽根のようにあざやかに、そして清冽なみずみずしさを湛えるよ
うになっていた。


やがて、ながい冬がおとずれ、窓に映える山々は枯葉色のなかにしだいに白の割合を増し
ていった。分厚い石の壁をつらぬいて、硬質な凍えがわたしたちのからだを蝕む。わたし
たちはお互いに身を寄せ合いながら、ひたすら会話をつづけることできびしい寒さを誤魔
化した。尽きることのない渇きが饒舌な韻律を飲み干していく。さながら交合のようだね
とわたしが鸚哥をからかうと、接ぎ木だよ、と鸚哥はこたえた。外はやがて遠吠えのよう
な音とともに吹雪きはじめ、冬は醒めない酩酊のように平たく引きのばされていく。


ひたすらながく、介入する余地のない完全な冬に、わたしたちはすこしずつつづけるべき
話題を不足させていった。ひとこと、ふたこと、そして、すぐさま凍えと、つよい飢えが
なだれて、おしだまり、ただ窓の外をながめる、いつしかわたしたちはそれだけを繰りか
えすようになった。沈黙に耐えかねて、鸚哥になにかを話そう、話さなければ、と、くち
をひらくたびに、からだの、服から露出した部分はみにくく爛れ、あまりの痒みにおもわ
ず掻きむしる、わたしのあおじろい肌を、たくさんの創傷が走って、鸚哥のまるい瞳が
淡々とそれを読みあげていく。やがて鸚哥も、わたしたちの会話がとぎれるたびにみずか
らの羽根を嘴でむしるようになった。引き抜かれるたび、鸚哥のからだには黒い血が滲
み、つやめきを失くしたたくさんの羽根がひらひらと宙を舞った。閉ざされた部屋のなか
にふわふわした雪がおどり、わたしたちははげしい凍えのなかにひとつづつ虚飾をうし
なっていく、


そして
そのあさ

今冬いちばんのさむさだった、
目覚めると部屋の隅で丸くうずくまっている鸚哥のからだにはもうほとんど羽根が残って
いない、ただただ小刻みにふるえるあかい皮のかたまりがそこには転がっていて、いつも
と違う様子に、創傷まみれのみにくい手であわてて掬いあげたけれど、言葉をすっかりわ
すれてしまったわたしは鸚哥になんと声をかけたらいいのかがさっぱりわからない、なが
い冬の渇きや飢えが過ぎ去ったあとの、はげしい暴食ののこりかすだけが、鸚哥の血や羽
根となって部屋のそこらじゅうに散らばっている、手に鸚哥をにぎったまま、わたしは立
ちつくす、窓の、外はいまだ吹雪き、空気の抜けるような声で、うたで、さえずる鸚哥、




ことばが巡るうちに
かたちがついていけず
見えるものだけが何度置きざりになっても、
それでもどうか
そのたびに掬いあげてほしい、
ひとりのわたしにあげられるものはこれだけの重さしかないから、




動かなくなった鸚哥はまるではじめから死んでいたかのようにしずかだった。抜けおちた
羽根をかきあつめ、部屋の隅で鸚哥のなきがらを燃やす。葬る、という行為の帯びるくす
ぶりだけがかつて鸚哥とよんでいたものを焼いていく。たくさんの羽根が熱に溶ける淡雪
のように縮れ、すぐに黒く丸まって焦げていった。そうして、さいごにのこされたかたち
はきっと鸚哥をとどめてはいないだろう、それでも、ひとりのわたしがうけとれるものは
これだけしかないから、と、冷めたあとの鸚哥のぎこちない骨をだいてわたしはつかのま
だけ眠ろう。もうじきごうまんな春があらゆる亡失を祝福するためにやってくるだろう、
そして、わたしはあたたかな酌量のなかに過誤を委ねることなどできない。このからだの
傷痕、ふたりだったころの言葉を、つめたい嘴はあまりにもするどく抉りつづける。
ある冬の朝、飼っていた鸚哥が死んだ、死んだ、死んだ、と、何度も。



 


自由詩        Copyright 紅月 2017-04-09 07:39:27
notebook Home 戻る  過去