真夜中を話そうとするとき血液のせいで濁音が混じる
ホロウ・シカエルボク



毛細血管が狂気と絡み合って血流は金属的な悲鳴を上げながら全身を駆け巡る、オオ、産まれ持った宿命を受け入れよ、産まれ持った脈動を受け入れよと…あらゆる肉体組織の軋む音が俺のリズムだ、経年劣化した家庭菜園用のホースがあちこちから水を噴出させるみたいに血管は綻び続け、歩くたびに筋肉の内側に溜まった血が揺らぐのを感じる、少しでも吸い上げようと鼻を啜るせいで鼻腔はいつでも血塗れさ、俺の話している言葉がたったひとつの風景について話しているなんて考えないで欲しい、もちろん君がそういった解釈について少しでも長けているならだけど―書き殴られた詩はこの俺の血渋木だ、もちろんそれは俺だけに限ったことではない、俺の知っている連中の中にもそんな言葉を吐いてるやつは居たさ、だけどそれは少し前のことだ、みんな居なくなったり書かなくなったりしちまった、俺はまだ同じところで喀血しているというのに…!消灯の天井はいつだって回り始める、遠心分離器に放り込まれたみたいにさ―楕円的な軌道をもって、分解が始まるまで…それはいつでも愚かさと青臭さと静けさに分かれる、そして寝床の中に沈み込んでいく、そして沈み込んだどこかでそれぞれが勝手に話し始める、自分なりの在り方というやつを…そしてそれは決まって他のどいつかを否定するような主張の仕方なのさ、そんな現象がどんな原因によって引き起こされるのか?俺には見当がつかないこともない…誰だ、さっきから俺の頭部をドリブルしてやがるのは?後頭部がフローリングを殴りつけている、世にもおぞましい音が頭蓋骨で反響している、目を開けてちゃいけない、目ん玉が飛び出るぜ…俺は軽く瞼を下げて、衝撃をそこで押さえつけようとする―そんなことはべつに珍しくない、朝となく夜となく、なにかが襲い掛かって来る…そいつは俺を殺そうとしているのか?それはもしかしたらそうなのかもしれない、だが、もしかしたらほんの少し、加減の仕方が間違っているのかもしれない、そんな気がときおりしてしまうのは、それがあまりにも渇いているからだ…浮浪者の目つきのように、渇いて色褪せているからだ…だけどそれはある種の間違いによって、俺の命を奪うかもしれない、感覚として説明してみるならそういうことだ―ドリブルの軌道の中で、俺の脳髄はどこか山深い森の中にある、湖の湖面の夢を見ている、そこからだけ見える空が、切り取られて湖面にある、不思議なほど静かな…虫の声も、鳥の声も、獣の声もまるで聞こえることはなく、薄っぺらい布が撫でるかのような風だけがどこかから吹いている…それはどんなものも動かせはしない、ただそこにあると気づくだけの、そんな風だけが絶えず吹き続けている、俺はその景色に見覚えがある、だけどそんな場所には行ったことがない、それをよく見ようとして、俺はつい目を開けてしまう―俺の眼球は衝撃に負けて激しく飛び上がる、それはまず果てしなく天井のボードに近づき、それから下を向く、その目が見た景色は、たったひとりで伸びあがって床に後頭部を打ち付けている俺自身の姿だ、黒くぽっかりと空いた眼窩が厄介なものがなくなった喜びに満ちているように思えて思わず身震いがする、そんなものが喜びであるはずがない、なんて、どうして言い放つことが出来るだろう…?俺が確かにそうと言い切れるのはそんなことばかりさ、つまり、「必ずしもそうとは言い切れない」っていうことだけが真実だってこと―目玉は上手く落下することが出来ず、部屋の端の方に転がる、俺はモニターでアームを動かすエンジニアのように自分の腕を、指を操り、ぽっかりと空いた眼窩に目の玉を押し戻す、痺れるような痛みが涙をとめどなく流させる…そいつが落ち着くまではどんなことも考えることが出来ない、再び視界が落ち着いたとき、なにごとも無かったような部屋の中で天井を見つめている、それまでの景色との共通項は、「夜である」ということぐらいで、俺は感覚を誰かに奪われたような気分で横たわっている、自分の寝息は臨終の床の父親を思い出させる、それはあながち間違いじゃない、必ずしもそうとは言い切れない…俺はきっと、そんな言い回しが気に入っているだけなのさ―あとは眠るだけだし、そこにどんな夢があろうとそれは構わない、あとどれくらいまどろんだ思考が続けばそこに行けるだろう―ときどきそんなことを考えるけれど、べつに明確な答えを求めているわけでもない。




自由詩 真夜中を話そうとするとき血液のせいで濁音が混じる Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-03-10 22:51:25
notebook Home