糸巻き
DFW



開け放した玄関はその年の夏そのものだった
わたしはサンダルをつっかけて座り
水羊羹をのせた小皿を手に女をみていた

わたしを産んだ女は真剣な表情で
庭の手入れをいそいそとこなし
ときたま膝と腰を気遣っていた
わたしは手伝いもせず水羊羮を菓子切りで食べ
夏の陽射しに女の輪郭がかすむと
女が女を描くときの透けたタッチによく似てみえた

小さかったわたしに絵本を読んでくれたとき
わざと寝たふりをしても女は絵本を読み続けていた
わたしは大人になるのが恐いのだと女に伝えて
女に連れまわされる先々でいつも怯えていた
あんたまた一つ強くなったねと女はわたしの頭をなでた

わたしは女が女のように泣く横顔を何度かみた
わたしも女を何度となく泣かせて成長した

朝帰りする度にソファーで待っていた女の寝惚けた顔や
ケンカしても大きなエプロンをして夕御飯の支度をしてくれた女の背中や
針に糸を通すときの女のすばやさをわたしはいまも忘れられない

女のまえでだらしなく水羊羹を食べるわたしは
部屋に転がる糸巻きくらいにしかなれていなかった

太陽が沈むときの色の皺を目尻に刻んで
海に舞う雪みたいに青白い髪をきつく縛り
女はいそいそと庭いじりをしていた

わたしの何処かでいまもずっと詰まってる箇所を
覚束ない胸に沁みわたらせて
ためらうことなく女の生まれ変わりにでもなって
いつかはしなやかに女の面影を受け止めきってみたい
そんな妄想をしてみた夏がわたしにはあった






自由詩 糸巻き Copyright DFW  2017-03-05 16:34:28
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