浅瀬のクジラ
青の群れ
打ち上げられた六百頭のクジラにナイフを刺した
どうしようもなく大きなかたまり
どうしようもなく身を投げた人の命が溶け込んでいるから
潮の匂いは生の匂いがする
冷えた肉体をプランクトンが分解をはじめれば
言い訳のように糧となってこの世に痕跡を残していく
たとえば恋心なんかも、海に飲まれてしまうだけで、どこかに沈み込んでいるだけで
そんなロマンチックなことばかりじゃないけど
そんな風に泡になって、消えてなくなることなどほとんどのものができないから
まさかナイフを突き刺すことで救済されるとは思ってもいなかっただろうね
だけれど人間は生きるために腹を割くこともあるでしょう
もっとも、この百年くらいの話だけれども
大海原を知っているあなたの友人たちは
きっとあなたの死を知らないね
見えない海の底の屍を越えて泳いでいる、まだ生きている命
洗濯機のようにぐるぐるとかき混ぜられて
漂白された白衣の皺を伸ばすように
灯台も太陽も、海の底どころか人間の中身すら照らせない
飼いならされた信仰だって何も映さないのだから
柔軟剤の匂いが死臭をかき消すことはない
水面に映る光をみて、反射する光は綺麗だね
あなたとわたしには見えないプランクトンを見ている
砂まみれの駅の改札から、真夏と海水浴客が遠く去った
浅瀬で揺れて、そっと手招いている海月はどこにだっているけれど
腹に縫い付けた糸を解いて
なんとかまだ今日を生きてるみたいだ