小川
ただのみきや

原初のひとしずく
ささやきのように生まれ
岩肌の乳房
地衣類の産着
山あいを渡る風も目覚めさせないように
産毛を揺らす
静かな吐息
うつらうつら
千々のひかりにあやされながら
死への門出
めぐり合って溶け合って
折り重ねられる歌声よ
悪意のないいたずらのように
摘まれて往くいのち
映して 流して
ひとすじの河となったおまえ


死から生へと繋がる糸は見えず
生から死へと繋がる糸だけが陽光に鳴り響く
水の転がる声
笑うことと泣くことの
喜びと悲しみの
ゆれまどうこころ
浅瀬に勇み立ち
深みに怖け惑い
渦巻いてはまた解かれ
混沌と調和の間でゆらぐ営み


あどけない小川
底が透けて見える
若々しい迸りに
映し 頂く
木々の華やいだ踊り やがて
その装いを脱ぎ捨ててむき出しの生を晒す
知らずに
触れることもないまま
破れた天の広がりを
縁取る巨大な白雲の
無から膨れ上がり
また消えて無に至る有り様を
有無も言わさず青く塗り隠し底を見せない
太陽のさんざめきは水面に跳ねるが
夜は 空の向こうにあるものを見せてくれる
静かに降り注ぐ
重さもなく
水の肌を包む
無限を
ああ膝頭ほどの深さ
ささやかな流れは
万象を借り受けて纏いながら
なにも知らないまま


冷やかに流れるその身に泳ぐ
魚は幻のように素早い
おまえの中に
おまえに抗う意思がある
立ち向かい
押し流す圧力に身を任せず
尾ひれ胸びれ血を流し
いのちを激しく
震わせて
運命に
世の流れに
逆行し
望み見る場所へ踏みとどまるために
いのちを削って
意思を支える力へ変えながら


まだ青い
楓の落葉が
おまえのこころを流れて往く
ひとつの夢想のように
うたかたの生が
全てを受け入れて
静かに
おまえの胸の上
やわらかな勲章のよう
きらめきながら
己の力に頼ることをやめたとき
自然の法則と力に身と生を委ねたとき
世界はその目にどう映るのだろう
万物流転に溶け込んで往く
その感覚は
もはや誰のものでもない
意識も
あらゆる連なりの中で
ひとつがすべてに
すべてがひとつに


あの日
大雨が激流に変えた
おまえは今や静謐を取り戻し
ふたたび生と時は縒り合された糸のよう
人ならぬ詩人に紡がれる
おまえの底に
眠れる大きな石
あの濁流の中で姿こそ見えなかったが
ゆらぐことのなかったもの
あらゆる虚無へと誘う力
生から死へと流れ下る
時の石工の腕により
かつて鋭くささくれだった
恐怖から
傷つけてしまう
闇雲にそれを己だと信じていた
不格好な尖りの
全てを
まるで前世のよう
忘却し
華美ではないが優美にも想えるその
円さ
ますます磨かれながら
時に魚が身を寄せて休息を得る
硬質でまろやかな
おまえの意思
尚も磨かれて洗練され
いつか千々に砕ける日まで
百年
あるいは千年
受け継がれる遺産


アオサギがおまえをのぞき込む
おまえの中に魚を見つけたか
否 闇雲に突いている
川面に映る自らの姿が
おのれの欲求と誇りを脅かす相手に見えるのだ
人もまた同じだろうか
ひとすじの流れに映る己の影に動揺し
心が波立って
おもいっきり石を投じたくなる
あたかも川のせいであるかのように
ひとすじの言葉のせいであるかのように
だが小川よ
おまえは無益な投石に水面を揺らしても
すぐに己を取り戻し
川の中からそのまろやかな意思を
投げ返すことはしない
流れに目を凝らす者が
せせらぎに耳を傾ける者が
おのれの闇を
おのれの闇と見分けられる者だけが
垣間見る
ゆれて澄み渡り
一瞬が永遠と溶け合う世界


ああ底の浅いささやかな流れ
始まっては終わる可視の流れ
終わりから始まりへ至る不可視の流れ
繰り返されることはなく
新たに
絶えず新たに
重ねながら
なつかしさを抱いている
同胞たちと共に
原初のひとしずく
澄み渡る
天恵と
願わくは呼び交わしたい




                  《小川:2017年2月8日》













自由詩 小川 Copyright ただのみきや 2017-02-08 22:13:29
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