《ロマンティックな挽き肉》
ハァモニィベル

      ――その右手の残酷は、あの左手の歓びである。


  ロマンティックな挽き肉



きみは、いま静かに床について居て
もうすぐ死んでしまうのだと、してみよう。でも、悪く思わないでくれ。

それを見た一人の友人が、「やはり最後は漱石か」。と、一言
そう、つぶやくところから、この詩は始まるが、これも悪く思わないでくれ。

するとね、きみは、死にきれずにその友人に聞くだろう。
「それは一体、何だ?」 とね。

すると友人は、こんな風に語りつづける


漱石が胃弱だったのは御存知の通りさ。それでも食への意欲は
旺盛だったらしい。
一説では、末期の言葉は、「何か喰いたい」 だったなんていう話もある。
最期は、上等なワインを一口飲んで、永眠(ねむ)りについたとかね。

そこで、きみも、最期に何か食べたくはないか、と思ってね。
とはいっても、もうすぐ、お迎えがきてしまうわけだが・・・。

さあ、何が食べたい? 云ってくれよ。
最期なんだから、遠慮しないで。さあ、

たとえば、子どもの頃に大好物だったものなんかどうだろう?
俺はサラミが好きだったな、きみはどうかな。
好みが同じなら、「食べられる国宝」なんて云われてる
  "マンガリッツァ"のハム
なんかどうだい。
ハンガリーは街並みも美しく、愛する女性を伴っていれば、尚理想的さ。
伝統のある有名なカフェ巡りだって出来るしグルメにはうってつけだ。
世界一のカフェと評判の "ニューヨークカフェ" なんか、
カフェの概念を変えてしまう造りだよ。
 それにあの、ドナウ川のナイトクルージングで観るブダペストの夜景
が幻想的でね。そんな風にすごした翌朝、
 パンとスープに添えられて出てくる、
 たっぷりの マンガリッツァ・ハム。
毎朝食べても飽きないという絶妙な味を、最期に頬張ってみたくないかい?

もしも、きみがマンガリッツァでなく、
イベリコ豚でもいいと言うんなら、スペインにしたまえ。ハムも果物も魚介類も
格安なのに、何を食べたって、旨いときてる。
天国に行く前にぜひ一度は立寄りたいのさ。

フレンチの高級な料理を堅苦しく食べるのは来世にするとしても、
だったらむしろ穴場のベルギーに行くのだって悪くない。
死ぬ前に、ベルギーのムール貝を食べていけよ。
凝った料理がいろいろあるんだ。ウサギや鹿だってある。ジビエだな。
煮込んだ料理がまた、何ともたまらないぜ。

そうか、それよりもっと刺激のある美味いものが食べたいっていうんだな。
我儘なやつめ。じゃあ、マレーシアできまりだよ。
 イスラム風、インド風、トルコ風、
三通りの辛い料理が堪能できる。
 多国籍風のオリジナル料理が安く存分に味わいたいなら、
シンガポールにも、ついでに寄ればいいさ。

さあ、どうだい、段々と死ねなくなって来たろう。
そうさ、なんたって、きみは、まだ
 古代ギリシア最古の文明があった地に行ってないからな。
2500年前からあるグルメスポットだっていうのに。

クレタ島は、
エ ーゲ海の最南端
東地中海の真ん中辺り に あるのさ。

ギリシャの島の中では最大(沖縄本島の七倍くらい)で、
その広大な土地に
 オリーブ 、トマト、アーティチョーク、・・・
 柑橘類 、ぶ ど う、バナナ 、・・・
ありと あらゆる果物と野菜がつくられている。

なかでも、
オリーブ油とハーブに特に恵まれている。
最高級の ExtraVirginOil そして 
野山であまた取れる天然ハーブ達。

 オレガノ、マジョラム、ローズマリー、タイム、 ・・・

蜂たちは、
それらの ハーブ や 柑橘類から独特の上質なハチミツを収集してくれる。
 そして、
それらの ハーブを食べて育った 羊 や 山羊 か ら 、
 ク レ タ 特産 の チ ー ズ が得られる。

ギリシアでは、塩 と オリーブオイル だけで、
 サラダもパンも、
充分に御馳走となる。
  なのに、
 新鮮な魚介類に、
 チーズやトマトを加え、
ニンニクやハーブで炒めたり和えたりした
バリエーション豊富な逸品が 種々供されるんだ。

どうだい。もう既に天国だと思わないかい?

クレタの通りを歩いていると、
程好く灼けたスブラキ(串刺し肉)の
何とも言えない好い匂いがしてくる。
その煙りが
この世界の素晴らしい一端と
 瞬間を、
これ以上ないほど伝えてくる。

 ・・・・・・・・・
   どうだい、

こうなったら、絶品の焼き鳥を
 存分に
 喰いに行こうじゃないか。

駅前まで









  《 『蝶としゃぼん玉』のプチ企画:「歴史×α」 参加作品。
 設定はいちおう(歴史×グルメ)ということですが、元々、本作品は、
「読むとお腹が空く詩」というお題バトルで書いた作品です. 2016/07/30 01:02 》


自由詩 《ロマンティックな挽き肉》 Copyright ハァモニィベル 2017-01-27 21:48:48
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