『 風 車 』
ハァモニィベル

 『 風 車 』



寂しい路の傍に、忘れられた 
風車かざぐるま売りの 荷台が一つ
ポツンと、あった。
  風の強い日
色付きの 沢山の風車が、、
虚しく 激しく、そこで廻っている。

 *

サティロスの心を朝の陽は照らしていた。
苦しみの赤く長い舌
その朝日の中を、
孤独な「悪魔」が歩いて行く
食い破った良心の牙が曖昧な痛みに疼きながら
内側を、黒く奔る痛み

 *

真実を言うと憎しみを受ける
そんな、
噂が流れていた。

 *

風にいたっては、気まぐれで、
思う時思うように吹いてはくれない

 *

ひとりでに声を出して笑ってしまった。
自分の無名に ではない。猫の名に。
「――猫吉親方」
思わず、ぷっ。
……長靴を履いている。

 *
一番上の息子がもらったのは風車ふうしゃ小屋だった。
二番目の息子がもらったのは驢馬だった。
末の息子は
猫一匹。
 「にいさんたちは、りっぱにくらしていけるのに、ぼくだけは
 「この猫を食べてしまえば、手袋を作ってもうなんにもない
 「お腹がへって、死ぬだけだ。零だ。」彼は、嘆いた。
 *
すると、猫は、(そう、猫吉親方は、)言ったノダ。
 「旦那様。そんなに落ち込むことなどありませんよ。
 「ただ、どこでも駆け抜けられるよう長靴を一足ください。そしたら、
 「この私がきっと旦那様を、幸せにしてあげます」

 *
猫は長靴をはいた途端、
 「誰しもはじめは、・・・」と、何やら言い始め、
 「はっきり言わしてもらえば、・・・・
 「〈芸術的〉という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。」 などと、
 本棚から抜いた太宰の『芸術ぎらい』を開き、一節を朗読シタリし始め

 *

シャワーを浴びていると、浴室の戸の前に来て
 《芸術的雰囲気などといういい加減なものに目を細めているから、ろくなものが出来ない》
と、タテに細めた猫目で、ガラスをガリガリやって、
風呂に入れろ、と要求シ

 *

 沢山の人が乗っても沈まないのは『阿呆船』♪
 望みの阿呆が必ず見つかる。そうさそこは『阿呆船』♪

 ♪ものはためしに、阿呆をその名で呼んでみな♪
 ♪自分じゃないと言うだろう 皆♪

 ♪阿呆はどうして阿呆なの?
 ♪決まってらぁ、阿呆は 皆、真実ホントのことを嫌うんだ♪

猫は長靴をぬいで、湯船に浸かるのだが、そんなとき、
きまって上機嫌に『阿呆船』という、じつに奇妙な鼻歌をウタうので困る。

 *

ある曇った風の強い日
猫と伴に歩いていた
寂しい路の上で、

 風車かざぐるまで 遊ぶ双子の少年を見た。
 一人の少年が風車で霧を拵える。すると、
 もう一人の少年が霧の中に小さな虹を作って飛ばした
 「ケンちゃん?」  とつぜん 猫が訊いた。
 少年たちは、しかし、黙ったまま。
 ただ虹を飛ばしつづける。

 *
路を行く。猫と、(そう、猫吉親方と)
そこに、少女が立っていた…。
金色の髪、金色の長靴をはき、真赤な舌を吐く少女が
じっと立ったまま
よく見みれば、めまぐるしい速度で、
風車仕掛の金色の眼玉をグルグル回転させている。

 *

寂しい路の端に、ポツンと置かれた
風車売りの荷台が一つあった。
そこに風車を売る男が一人
 無頼なまま ボツリと 言った。
 「ドンキホーテにたった一つ出来ないことがあるんだ
 「それは、憎むということさ」






自由詩 『 風 車 』 Copyright ハァモニィベル 2017-01-25 06:16:39
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