わたしたちの靴下はいつだってずり下がってはいけなかった
そらの珊瑚

昔昔のことです

「ソックタッチ」という商品名の速乾性液状糊のスティックがあった
糊といっても紙を貼りつけるものではない
靴下と足を貼りつけるものなのだ
ずり下がるという引力の法則に抗うことの出来る
その画期的発明品によって
中学の白いスクールソックスは校則通り
足首より二十センチメートル上の定位置に張り付くことが出来るようになった
靴下のゴムが多少ゆるんだってそれさえあれば怖くはなかった
気の利いた女子は制服のポケットにそれを入れ
体育の後などにソックタッチの糊がはがれるという
(糊付けが半分はがれた靴下の様は見るも無残なありさま)
緊急事態に陥った友に貸してやるのだった
わたしたちの友情は一丸となって
ソックタッチによりあっちこっちにくっついた

学校が終わり家に帰って風呂に入る前に
べりりとわたしたちは靴下をはがす
日々の塗りごとのためその辺りの皮膚は傷つき赤く悲鳴をあげている
親にいえば皮膚科につれていかれ
ソックタッチは没収されるだろう
権力者の前では持たざる民は無力な存在だ
それを思えばこんな痛みや痒みはなんということはない
身体の苦痛は信仰をより強固に心にくっつける十字架なのだ

風呂で足首二十センチメートルの場所に
ぐるりとめぐらされた糊状のものを
湯で落とす時
乾いた粘液がぬめりとなって流れていった
諸行無常のことわり通り
数年してS教はあえなく信者を失っていくことになるのだが
その理由として
あのぬめりの気持ち悪さが大きかったのではないかと密かに思っている
わたしたちの友情は
友情と呼んでいたものはどこへ行ってしまったのだろう
ぬめりさえ感じることもなくはがれた先で風に吹かれているのか

毎日不毛とも呼べるそんなことを繰り返すことの出来た
あの頃のわたしたちの真っ直ぐなバカさ加減が
今頃になってひどく愛しい(怖ろしい)のだけど
ずり下がるままにまかせた今のわたしの靴下を(靴下以外のものにも)
ソックタッチで貼りつけまくって引力に逆らってみたい気持ちも
どこかにあるような気もする、今今のことです


自由詩 わたしたちの靴下はいつだってずり下がってはいけなかった Copyright そらの珊瑚 2017-01-19 11:31:54
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