花の化石
白島真

   
 生きたまま花の化石になりたい
 という少女がいて
 街は、霞のようにかすかに
 かそけく 輝いているのだった

 ちちははの眠るやわらかな記憶の棺たち
 少女は母似の瞼をとじた
 人生を終えて新たな遊行の歩みを告げる釘の音   
 (釘もまたその命を灼熱の炎のなかで終える)
 ちちははの顔を埋め尽くした花の来歴はわからない

 
 街に立ち込める麝香じゃこうの匂い 牡鹿の内臓のすえた臭い
 この街では、供花は不吉の徴とされ
 ありとあらゆる哀しみの記憶は
 過去へ未来へと作り変えられていった

   月待草 ゲンソウノマチハ カナシミヲオキカエル ワタシノマチ
   アノトキ ヒツギハ ワタシミズカラガツクッタ 釣鐘草

 街はずれの色のない沼から
 しぎが真っ黒な脚を水面に残して飛び去っていった
 「しぎ」という名前が記憶されたそのとき
 少女はみずからの棺を水底に見た気がした

   「お父さんが動物園につれていってくれたのよ」

 少女は象使いが好きだった
 象を調教するとき、その背中を歩く蟻までが調教されていると知っていたから

   「ワタシ、いつか象の背中に乗って、月の砂漠を旅してみたい」

 月がぼわぼわと照っていた
 この街では月は喩としてのみ存在する
 ダークルナ、あの忌まわしい近親の記憶       
 少女の影が歪んでみえる
 月の影の高みから、つねに、にぃっと、とざすように
 見ているのは誰だ
 
 純潔という名のこの兇暴*
 肉は目ざめた腐臭のうちにあり
 少女の左手はいつも右手に傷つけられ
 右手は左手の苦痛を知らなかった
 セカイは思惟と思いに分断された

   浮遊してくる白茶けたちちははの記憶
   抒情はいつだって孤独だ

 生きたまま化石になりたい少女がいて
 街は、ふるふるふるふる古井戸
 叫びの木霊はいつだってふるえている

         
           るるるる 井戸の奥から聞こえてくるよ
          溺れつつ
         病んだ言葉の蔓伸ばす 蔦伸ばす 舌伸ばす

        るりるりるりり 井戸の奥から聞こえてくるよ
       叫びつつ
      押し黙る 押し 黙る

     つつ 水平線を吸って(白目カガヤキ)
    つつ 地平線を吐いて(鴫ソノ脚デ立チ)
   るっつつ るり るつつ 井戸の奥から聞こえてくるよ
  生誕の謎 ふかいなぞ
 つつ謎抱きすくめ つつ抱きすくめる(セカイノ果テハ夢ノキリギシ)

 霧のかなたから
 ひとりの他者がやってくる
 それはひとりひとりのちちははのようでもあり
 ひとりのこいびとのようでもあった
 少女は「あなた」とうつくしく呼ばれ
 少女もまた「あなた」と呼び返した

 いま、この地上の丘にいるのは
 少女をとおり過ぎたもうひとりの るりっ
 
 車の窓をあける るるっ るるっ
 入りこんだ風が黒髪を濃くする
 

 青空を見あげると
 少女のまぶしい悲鳴が すこし
 雲をゆらしたようだ

 あなたはすでに花の
 花の化石の
 あわい紋様を知りはじめている



*原口統三「二十歳のエチュード」より


自由詩 花の化石 Copyright 白島真 2017-01-10 08:54:42縦
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