凧、3時
はるな



3時になったら起こしてねと言って寝室へきみは行った、それからだいたい三年が経ったように思う。
元旦、朝は曇っていたが東の方から掃くように雲は流れ、正午には空は真っ青な顔をして、気の早い蝋梅がかじかんでいる。窓を拭き、床を磨き、湯を沸かしたらもうすることがなく、真っ青のなかに顔をつけて息をわすれる。体の重いような軽くなるような、冷水につけた指先のかえって熱く火照るいのちを見つけてはかさかさにかわいた顔を引き上げる。
きみの声を思う、どこからでも電話をしてきて、なぜあなたがここにいないかわからない、と笑う声を。僕もわからないよといつでも答えたしそれは本心だったがいつもほっとしていた。そこに居ずに、家にいて電話をとれてよかった、僕がそこに居てしまったらいったいだれが君の電話をとればいいんだろう?しかし少なくとも三年は電話は鳴らない、寝室のドアが閉められてから。
四階の窓からは川がみえる、きょうは凧揚げをする子供たちも苦戦している、風がない陽気だから。車輪みたいに走りながら糸を引き、見上げるために振り返ると途端に凧が落ちはじめる。子供は慌ててまた走り出す、車輪みたいに。時折川面に反射した光が目を刺すと、世界は瞬きしたように白ける。
君が眠ってから増え続ける時計がいっせいに時を刻む、(刻み続ける)、空いている壁はもう寝室にしかない。3時は近づき、そして遠ざかっていく。遠ざかるということは、次の3時に近づいているということであるから、僕はきっとどこへも行かれない。3時と3時の間を走りながら、時折見あげようと振り向くと、世界は凧のように失速する。だから僕はまた走り出す、元旦、風のない青のなかを、凧たちが落ちそうに飛んでいる。



自由詩 凧、3時 Copyright はるな 2017-01-04 14:48:06
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