左様なら
智鶴

貴方の夢に触れてしまえば
貴方の全てが見えてしまって
それを知って優しさに気付くのも
多分耐えられないのでしょうが
それでも触れずにはいられないので
どうかその頬を撫ぜている間だけ
眼を覚まさずに居てくれますか
仰る通りで、これは嘘ですから

稲光のような一瞬の
あまりに力強く儚くて
瞬きの間もなく通り過ぎるのは
所々に散らばる僅かな愛しさを掻き集めたから
それを私に一番美しくしてくれるから
私の小さな掌にも収まる程の暖かさが
限りない精一杯で輝く様を
如何して愛せずに居られたでしょう
有難う、私は呟く代わりに
すうっとそれを飲み下して微笑んだ

肩の長さで切った髪は
木枯らしに揺らされて寂しいと泣いた
季節が死んで生まれ変わるなら
桜と桔梗と秋桜と
何もかもが眼の中で同じ景色で生きているのに
私はそれぞれの季節の風に吹き消されて
濡れた髪を乾かす暇も無い程です

傘には少し濡れながら寄り添って
肩には少し揺れながら取り繕って
その綻びも愛しかったのは
雨が濡れては輝いて
虚ろに冷たい路面を磨いていたから
雀が揺らす電線に
蒼いガス灯の心地良い眩暈が絡みついて
私のぼやけた視界には安い感傷だったのです

霧の世に、雨の世に
煙る視界の向こうで背を伸ばした貴方の
 そう、仕方ないね
 それじゃ
そう呟く背中と嘯く夜中に胸が痛いのです
もうすぐ雨も止むでしょうに
そんな溜息を抱えたままじゃ
何処へも行けはしないでしょうに
 左様なら
それも背中を向けたまま、私の肌には聞こえない

余りに優し過ぎたのです、私には
掌の柔らかな愛しさが未だ嬉しくて
それならばもう仕方がないので
 左様なら
そう言うしか、無いでしょうに


自由詩 左様なら Copyright 智鶴 2017-01-03 21:53:25
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