ありふれた旅
青木怜二

烏の白い瞬膜をなめて、頬を濡らした女の子が夕べ
上野駅前の歩道橋でナイチンゲールを売っていたのだがそれは
花とも鳥とも判別がつかず、私は眼鏡を買うことにした。

今朝、ソルフェリーノの丘で摘まれた戦火の燻る小瓶を胸に忍ばせながらタンザニアの
ナイルパーチに育まれた商業都市の午前3時を歩いていたが、もう
路地裏にいた少年はいなかった
シンナーたっぷりのペットボトルを母のように抱いていた彼の
荒れた唇から漏れた白い息を、空きの小瓶に詰めて
またひとつ、胸ポケットにしまう。

「ああ、また間に合わなかった」

ため息を吐く帰路、丸山珈琲店小諸店にて
「北山珈琲店にはどう行ったらいいですか」と、
牛の首が聞いてきたので、「歩くのが一番いいですよ」と、心からの想いを伝えたら
彼は目から乳を流し、それは飲みかけのエスプレッソに注がれ
私は彼の目を盗んで、こっそりと飲んだ
おいしかった。

そうして一緒に歩いた熊野古道のことについては
きっと、いつか、別のところで
語るとしよう、今はただ
玄関前のドアスコープに貼り付く枯葉蛾の
符牒を解くことに専念したい。


自由詩 ありふれた旅 Copyright 青木怜二 2016-11-11 19:28:28
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