病棟
TAT




病棟には喫煙所が無くて

その為には東口玄関の区切られたルームまで赴かねばならないのだった

歯の抜けた老人や
バイクで事故った族が
白々しい冬の午後に
メビウス(当時はマイルドセブンという名前だった)やケント(あの頃はまだお城のパッケージだった)を火に焼べていた

包帯も松葉杖もない外来の僕はひとり浮いていて高校生である事を誰かに糾弾されはしないかと少しだけ怯えながら

それでも親の帰りを待つ雛鳥のように
覚えたての煙草を隅で喫んでいた

海物語や171号線の話を聞き流しながら



そこへ空回りする大声で無理矢理浮かれた男が入って来て
男はパジャマのポケットからライターを取り出すのだった
その三十代後半の男は二十代のカップルを従えていて
ここ分かりづらかったやろお?とか
ストーブ近付けえなミキちゃんとか言いながら
まるで自分の豪邸に来たゲストを饗するかのような振る舞いで

実に気持ち悪かった


おそらくは同僚なのだろう
職場の先輩(上司?)を
見舞いに来たのだろう




冬の午後に






おどおどと気遣いの口上を並べながら
何だか異様に居心地の悪そうなカップルを不思議がって横目で観察していると
不意に気付いた事があって



そうかそういえばこの男は
さっき廊下にいた男だ
僕と同じ包帯も松葉杖もない男
僕と同じ包帯も松葉杖も要らない神経科の廊下を歩いていた男だ


どうりで無駄に健康そうに見えた訳だ




気狂いの見舞いにわざわざ来るって事はこいつら恋愛絡みか?三角関係か岡惚れか知らないが刺される前に見舞ってフォローしとこうかって事か?





やがて話題は『俺がなぜ自殺未遂などしたのか』になって
相手が引いているのにも気付かずに
手首から引きずり出した血管が硬いゴムのチューブのように厄介で
歯で噛んでも切れなくて
カミソリでシュッと切って死ねるとか嘘やであれドラマだけやでと
口の端に泡を溜めて
熱く語る男は



どうにもまだまだ退院できそうになかった
だってイかれてるし
嘘か本当かも
分からないからだ





ミキちゃんはもうすっかり青ざめて
泣きそうになっていた







僕はクレヨンで描いたライオンやコンドルの絵を何枚か持っていて
こんなに良い絵が描けるのだから
僕はもう大丈夫です
通院は必要ないです
この絵をぜひ坂本先生に見せて下さいと
今朝の6時に神経科外来の受付に預けておいたそれを
返してもらってカバンに持っていて



さっきの先生は随分ひどかったな
何だか朝に絵を見せに来てくれたんだって?
と言いながら
まるでレントゲンのように
僕のライオンやコンドルを
光る白板にペタペタと貼って
まるで場違いな昆虫の標本のように
僕の絵を扱って
あれはひどかった
僕は辟易して朝の熱もすっかり失って
モゴモゴと恥ずかしくなってしまって




また死にたくなって






その帰り



















病棟を追い出された愛煙家たちは

すぐに来る真冬と戦うコートすら持たずに

それでも






































自由詩 病棟 Copyright TAT 2016-10-29 06:55:32
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