そのとき初めてその色を知るだろう(静かに語りかけるような音とともに)
ホロウ・シカエルボク



皮膚を切り開いて筋肉の隙間から血管と神経だけを取り除き、天井から吊るしてオブジェにする、血の滴る音を秒針のように聞こう、過ぎ去るときは死と同じだ、一分一秒は死に続けている、血だまりのにおいは外気温よりもほんの少しだけ低い…落下死体のように窓に張り付いた十月の終わり、目にしたものは視神経のどこかで迷子になって永久に認識されない、脳髄が痺れているのが判るか?そこにはわずかな電流が流れている、生命を感知する仕掛けのようなものさ、すべてが上手く流れなければあっという間に欠陥が生じてしまう、取り除け…薄汚れた床の上で、今夜も目にする俺自身の検体、バラされて穿たれて放られて破片だ、冷たくなったこの部屋では寄り付く虫も居ない、だから俺は夏にはあまり書かない―引き抜いた血管と神経の跡地にシリコンを流し込む、「本当の」オブジェをこしらえるのさ…このプロセスにはお手本がある、数年前に見たんだ…空になった蟻の巣穴に溶けたアルミニウムを流し込むんだ、素敵な造形があらわになるぜ…俺はそれをてめえの空き物件でやろうというわけさ、凝固するまでしばらくの間お待ちください―血の記憶がある、小さなころは頻繁に鼻血を流していた、理由もなく、原因もなく、ある瞬間に突然流れ始める、おかげで夏の記憶は、砂地に落ちていく血液の冠ばかりだ、そんな記憶に包まれていたせいか、俺には血を処理しない癖がある、たとえば刃物で指を切った時、わずかな水流に傷口を差し出して、それが止まるまでいつまでも見ていた、いつだってそうだった、だから俺は怪我をしなくなった、血が止まるまであらゆることが中断されてしまうからだ、流れ落ちる血を眺めていることは、燃え続ける炎を眺め続けることと同じくらい好きだ…俺は体内からシリコンの塊を慎重に引っ張り出す、暗い珊瑚のようなそれはところどころに赤い斑点を残して白く艶めいている、凝固したシリコンはいつだって性的な要素を感じさせる、そうら、本物と交換するんだ、天井に吊るせ…交換したものを元の場所に戻す、外すときには感じない痛みがそこにはある、きっと外す前に比べてほんの少し、違うものになっているせいだ、血管、それと神経、それは非常に複雑な形をしている、一目ではとてもつかみ切れない―きっとそれが俺が真実なり真理なりと呼んでいるものなのだろう、強く握ると無数の棘が手のひらに残酷な痕を残す、痛みのない真実などない、痕を残さない真理などない、そう語るに足る俺の生命、そう語るに足る俺の蓄積、俺はそれだけをうたう、太い幹のなだらかさをうたったり、鋭い棘の先端についてうたったりする、だけどそれはまるで同じものについてうたっている、口を開く理由があるやつはきっとみんなそういうものさ、もちろん違ってたってどうってことないけどな、真実なんて誰のものでもありはしない…回路が戻れば循環は復活する、停止を余儀なくされた心臓は再び口やかましく伸縮を繰り返し、全身を巡る血液は体温を表現する、それが筋肉に伝道していく―あとは呼吸だ、呼吸を思い出すんだ、すべてが連動しなければリカバリとは言えない、ハードがいかれてしまわない限りそれは繰り返すことが出来るんだ、回復までの時間は多少かかるようにはなるかもしれないけどな…目を大げさに開いたり閉じたりして動作を確かめる、本当にエネルギーがみなぎる瞬間には身体が溶けるような恍惚がある、俺はいつでもそんなものの虜になっているのが好きなんだ、生きながら葬られ…なんて、黴の生えたフレーズを使ったりはしないけどね―オーオー、煩いくらいの白色を放つ蛍光灯に照らされて、オブジェが床に深い森に居るかと錯覚するような影を落としている、ここが土壌だとすればこれからさぞかしおぞましい虫どもが身体を這い上って来るんだろうな、俺は身震いする、それは怖れではない、充電が終了した合図さ―イマジネーションが駆け巡るさまがその証拠になるだろう、だけどそんなものはおいおい掲げていけばいい、いちどきにすべてをさらけ出すことなど出来はしない、いや、そんなものは、一生かけて試みたってきっと無理なことだ、だけどそんなことはどうでもいいことさ、終了処理を円滑に遂行するのは俺の役目じゃない、そう、たとえば―俺は試したいのさ、自分の墓石にどれだけのフレーズを刻むことが出来るのかというようなことをさ―もちろんそれはそのままの意味じゃない、そこに刻まれた俺の名前にどれだけの印象が隠れることが出来るのか、俺が口にしているのはそういうような意味さ…俺はシリコンのオブジェの一番いびつなところを力の限り握りしめる、獣の歯のように皮膚を突き破り筋肉に到達したそれは、笑わせるくらいの真新しい赤い血を滴らせてくれるんだ。



自由詩 そのとき初めてその色を知るだろう(静かに語りかけるような音とともに) Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-10-15 22:30:40
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