みずうみに漣を
もっぷ

演奏会の時には一番後ろの椅子のままで私は終わりました
初秋の朝、風が窓辺に腰掛けて静かに凪いでいる
この白髪はさぞ目立ったことでしょう
彼の故郷のみずうみは人知れず朝陽に煌く
家族たちはいったいこのみすぼらしさをどう見ていたことでしょう
みずうみの近くで 野葡萄の黒い実が艶めきを増す
最後の日、それなのに新しい靴を私にプレゼントしてくれて
いまだみどりの樹に 帰る渡りが「ありがとう」を告げている
会場で見えるわけもない靴ですがなぜだかすこし
木梢が気持ちを伝え返す
私の弾く音色も誇り高く響いた気がして
みずうみの色彩が移ろう
客席の最前列では家族の皆が首を傾けるだけ傾けて
凪いでいた窓辺では風が翼を そろそろと
……アンコールも終わり私は仲間たちからの思わぬほどの
かの野葡萄の想いとしては
持ち帰れないほどの祝福と労いを受けて
みずうみも手伝って
もちろん、
陽光も味方し
真新しい靴にも気がついてくれていてね
君は命をつなぐべきだと
バイオリン弾きは彼の楽器を大切に抱きしめながら
燦燦と あるべき道を生きて来たたましいへ
彼の故郷の誠実は
脈脈と 息づく謙虚な血潮を
やさしく見つめてやまない証しにと
あるべき道をさらに行きなさいと指示さししめ
風に みずうみに漣をと



自由詩 みずうみに漣を Copyright もっぷ 2016-08-22 23:07:21
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