Miz 18
深水遊脚

 不思議なことが2つあった。ひとつは政志さんが放ったソウル・ストリングが拘束したのは、柏木の右腕だけなのに、柏木の動きが鈍すぎること。まるで体全体が縛られているかのようだ。もうひとつは政志さんが放っているのは普通のローキックなのに、柏木の痛がりようが尋常ではないこと。蹴り足の力だけではないようにもみえる。幸政さんのサインが変わった。スプレッドイーグル(配置について臨戦態勢で次の指示を待て)だ。幸政さん、晴久さん、広夏さん、高宮と俺はごく細い思念の糸で繋がっており、ネットワークが形成されている。作戦の指示はそこを通るメッセージアローでやり取りされる。相対する政志さんと柏木の位置に俺がつき、幸政さんは政志さん、晴久さんは柏木をそれとわからないようにマークした。

「皆気づいているか。柏木の光線の色はいつもより鈍い。そして政志のローキックは柏木の左半身に集中している。政志はメドゥーサ・エクステンションという能力を発動している。柏木の腕に巻き付いたストリングは磁気を帯びており、思念を石のように鈍らせる。蹴りの威力を増しているは磁石と鉄の引き合う力だ。足の表面をソウルシールドの応用で鉄にしている。」

幸政さんからの発信を受けて広夏さんが応えた。

「メドゥーサ・エクステンション、模擬戦での記録はないけれど実戦の記録にはあったわ。実戦ではほぼ一撃必殺。相手を脆い石にしてしまい、鉄で覆った足による蹴りで木っ端微塵。柏木くんだから思念の糸が多少鈍くなるだけで済んでいるのね。この局面でのメドゥーサ・エクステンションの効果は、相手の能力を減じるという点では、マミちゃんにあるというデクレッシェンドに似ているわね。」

幸政さんが応える。

「そう。おそらくこのメドゥーサ・エクステンションは仮想デクレッシェンドだ。能力そのものを奪うデクレッシェンドはこんなものではないだろうがな。将来デクレッシェンドに相対するならば、この能力との対戦を柏木は経験しておく必要がある。政志もそうした考えからいまこの能力を繰り出したのだろう。でなきゃ模擬戦で使うのは危険すぎる。」

高宮が不安そうにメッセージを発した。

「柏木さんに負担がかかりすぎませんか?」

幸政さんは冷静に応えた。

「かなりきつい負荷になってはいるが、柏木にとってダメージそのものは致命的ではない。このままやられ放題のあいつでもないだろう。しかし、柏木の特殊能力の暴発を招くには十分だ。あいつの今後の戦いに注意する必要がある。」

俺も発信した。

「暴発の危険は政志さんにもありそうですね」
「その通りだな。熱くなりすぎだ、あのバカ。」

幸政さんは政志さんに苛立ちを覚えていた。その政志さんのローキックの連打はしだいに激しくなり、それに増して言葉でも柏木を挑発しはじめた。

「柏木くん、君は僕の放ったペイン・トランスファーをえげつないと言ったな。でも考えてもみたまえ。君の思念に転送されたその痛みは、もともと君が生み出したものなのだ。もしも自分の生み出した痛みを自身は少しも感じない、恐れない戦士がいるとしたら、その戦士はたいして怖くはない。なぜだか分かるかい?自分がダメージを負わないように、負わないように戦うからだ。恐れることは直視することであり、目を背けることではない。それなのに、そんな弱い戦士に限って目を背ける。ことが実際に起きたとき、頭が真っ白になり逃亡する。そうして弱さを露呈するのだ。柏木くん、僕は君をそんな弱い戦士のままにしておく気はないよ。さあ立て、柏木くん。力を使わないファイトでも負け、力を使うファイトでもこうして負けたままうずくまっているつもりか?」
「いつあんたが力を使わないファイトで俺を負かした?黙って聞いていれば好き勝手な言い様。いくら政志さんでも、もう許さんぞ!」

柏木が吠えた。同時に柏木の全身を炎のように赤い強烈な光と熱が包んだ。その光と熱を政志さんは警戒して距離をとった。光は柏木を包み込む球体となった。幸政さんの合図はない。リミットのないなかで限界を探る戦いなので簡単に介入するわけにも行かないのだ。介入のためのルールも今回はなく、結社のリーダーである幸政さんの裁量にすべてが委ねられている。春江さんもそのことを了承している。格闘技として楽しんでいるのか、幸政さんがどの段階で介入するかを値踏みしているのか、始まってから不適な笑みを崩していない。

 数秒で球体は消え、なかから右手に光の太刀、左手に光の短刀をもった柏木が現れた。太刀と短刀はいずれも外側に黒い不純物が斑点のように付着していた。柏木が二本の刀を構えて息を吸い、短く太い息を吐いた瞬間にそれらの斑点は、一斉に銃弾のように高速で政志さんを襲った。この斑点はメドゥーサ・エクステンションとそれにやられた柏木の思念の糸だった。もともと政志さんが放ったもの。柏木に向けたあの挑発の文句のあとに、自身の毒により生成された弾に自身がダメージを受けるというのも皮肉な状況だった。鉄化した右足のソウルシールドを解除することが間に合わず、被弾は特に右足に集中した。鉄化した右足の表面が弾を引き付けた分、肉体が被弾することはなかったが、右足にはかなりのダメージとなった。ただ政志さんはフラつきながらも柏木が放った弾同士を溶着させ、大きめの盾を作り上げた。立ち上がろうとする政志さんに柏木は太刀を振り上げた。拘束されていたときと比べて動きが良いのは当然としても、自らの思念の糸の一部を分離したことを考えると、恐るべき力と速度と言っていい。政志さんはとにかく忙しく柏木の太刀の猛攻に対応した。ジャンプして交わしたり、盾で防いだり。柏木は休む暇を与えなかった。縦に、横に、大きく振り回される太刀は間断なく政志さんを襲った。負傷した右足を庇うため片足のジャンプを強いられたが、弾で作った盾も政志さんの思念が絡んでおり、よく太刀を防いだ。太刀が盾に接するたびにその一部が黒く変色してこぼれ落ちた。しかし盾のほうもそれほど安定せず、太刀の斬撃でだいぶ形が変わっていた。

 気になるのは短刀のほうだ。大きさは違っていても俺の見るところ、同じだけの思念が太刀と短刀に割かれている。政志さんも恐らく短刀を警戒している。太刀を積極的に無効化するために動く隙を短刀で突かれることは致命的だと知っているのだろう。攻撃を呼び込みたい柏木は挑発した。

「毒を仕込んで私の力を減じたつもりだったみたいだが、甘かったな。弱い戦士というのはだな、そんなふうに相手の力を封じ込めて自分が倒せるようにして戦う卑怯な戦士のことをいうんだ。あんたがスカウトした須田真水とかいう小娘もそうなんだろ。女ばかり連れてきやがって。案の定女どもは、ちょっと戦いの厳しさを教えてやれば逃げ出すようなものばかりだった。そんなのをスカウトするあんたからして、こんな姑息な戦術をとる。生憎だな。私は力を奪われてもこうして戦い続ける。そんなふうにずっと鍛えてきたんだ。あんたが姑息でないというなら政志さん、底力を見せてみろよ。ずっと短刀に怯えているみたいだが、全力で私を倒せば刀は操る者をなくして二本とも力を失うんだぜ。本気で戦うなら怯える必要なんかないはずだろ。それをしようともしない弱い戦士に、よくまあ仮面戦士が務まるものだな。家柄に関係ないなら、とっくに俺がその座を奪っているんだけどなあ。ええ、良家のおぼっちゃん。そろそろ本気だせよ!」

須田への侮辱、女性蔑視、おぼっちゃんという言葉、などなど政志さんのキレるポイント満載の挑発文句は、さすが柏木といったところだ。俺みたいなクズの大人ならば、ハイハイそうですね、ごもっともだよエリート筋肉オタクさん、とやり過ごすこともできるのだが、政志さんはまともに受けてしまうだろう。なお悪いことに今は興奮の盛りだ。もう一方の柏木も冷静ではない。手負いの政志さんを短刀で突く隙はいくらでもあった。お高くとまった正義の戦士の、闘争本能と悪意を剥き出しにしてから、それをなぶりながら制圧することにこの上ない悦びを感じる、倒錯した欲求にすっかり溺れているのだ。

「頼むから挑発に乗るなよ、バカ政志。」

幸政さんの呟きがだだもれになって皆に伝わる。この人も冷静ではない。

 すっかり変形した盾が緑色に変わり、政志さんの手を離れた。そして蔓植物のように柏木の太刀を覆い、朽ちさせた。この一瞬を待っていたとばかりに柏木は短刀で政志さんの右太股を突いた。しかし短刀は太股に刺さらずに、蒸発して柄だけになった。政志さんの体すべてが黄金色に変化している。これは、仮面戦士の変身、メタモルフォースだ。模擬戦でメタモルフォース、尋常ではない。

「フライングイーグル(作戦行動開始)」

幸政さんがサインを発したが細かい指示の前に政志さんに飛びかかろうとした。それを制したのは広夏さんだった。


散文(批評随筆小説等) Miz 18 Copyright 深水遊脚 2016-07-08 14:40:02
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