誰かが降り続ける
ホロウ・シカエルボク




都市を横に連ねたような貨物列車が駆け抜けたあとに
鳥のエサほどに分けられた轢死体ひとつ
十六の少女、と夕方のニュースが声をひそめて告げた
そんな歳で絶望なんか本当は出来るはずもないのに


とある田舎の集落では九十を過ぎた爺が
数日行方知れずになった挙句用水路の中で見つかった
迂闊に死んだのか殺されたのか誰にも判らなかった
ボケ始めていた本人にすらおそらく判らなかっただろう
面倒のかからないほうの結論に落ち着いて送られた


またある郊外の高級住宅の中ではマリッジ・ブルーをこじらせた若い母親が
「悪魔が憑いてる」と叫んで新鮮な我が子を調理して食した
「母親としての直観だった、いまでも間違ったことをしたとは思っていない」と彼女は語った
自分に憑いた悪魔のことには気づけなかったらしい


またとある国…いまでは義務を果たす以外になんの価値もなくなったとある国では
十七の女がこれまでに読んだ詩集のすべてを踏み台にして
首を吊って人生をキャンセルしたが
キャンセルの負債はすべて残された家族が背負った
彼女は満面の笑みを浮かべたまま窒息していて
「世界一チャーミングな自殺死体」と呼ばれてインターネットのトピックになった
数週間ほどして彼女に憧れた男子高校生が
同じような演出を施して自死を敢行したが
到底彼女のレベルには至らなかった
こちら側には関係のないことだが死に方にもしもランクがあるとしたなら
彼女は今頃天国でくつろいでいるかもしれない


これはまったく公にはなっていない話だが
俺の知ってるとある工場じゃ人ひとり巻き込んだ機械がいまでも稼働してる
そいつは子煩悩な若い父親だったらしいが
帰りのタイムカードを押して駐車場に愛車を残したまま行方不明ってことになってるってさ
なんでも工場のボスと警察の上の方が仲良しで
十何年も前から「そういうこと」で落ち着く手はずになってるってさ


倒れて、倒れて、倒れまくった、物語にすらならなかったやつら、世界のどこかで、街のどこかで、通りの向こう側で、生き残った誰かが逝っちまった誰かの死体に自分勝手な値札をつけてる、目に見える死を惜しみ、見えない死のことは考えないまま、誰だって同じさ、どれだって同じさ、よくあることさ、珍しくなんかないさ…生きてる限り誰にでも訪れること、自慢げに吹聴なんかするのはやめておけ、べつに珍しいことなんかじゃない、ただそれぞれがそれぞれを生きて死んでいくだけのことさ


昼下がりの公園で、安いパンと缶コーヒーを飲んでいる、ベンチに腰を掛けて…どんよりと曇った雨の隙間、耳の中ではサード・ワールドのプリミティブなリズム、木々のにおい、そいつらが蓄えた雨粒が土の上に静かに着地する音たち、心の中にあるものをよくある言葉に置き換えることなんてとっくにやめた、嘘の単純明快よりリアルな無理難題がいい、子供の時からいつか死に至ることを考えていた、それは凄く近く感じることもあったし、とても先のことに感じることもあった、一度は、そう、かなり近くで寄り添うように歩いていたこともあったかもしれない、だけどそんなことはどうでもいいことだ、誰がある日どうなるかなんて誰にも判ることじゃない、そして、誰かが居なくなったからって流行歌みたいに生きていけなくなるわけじゃない、なにもかもなくなるまでは終わりようがない、生がある限りは貪欲で構わない、それが欲望でも煩悩でも…なんだっていい、エネルギーになるものが正しい、エネルギーを信じろ、美しい言葉に耳を貸すな、純粋なんて生きていく役には立たない、純粋に限ったことじゃない、すべてを生きなければ、すべてを知ることは出来ない…


簡素な昼食はボディ・ブローのあとのような痛みを残しながら胃袋へと落ちていく、腕時計は自由時間の終わりが近くなったことを告げている、珍しいことじゃない、そんな中で、とても無視出来ないいくつかのもののために、汚れた食いものを今日も消化している、ほんの一瞬だけ太陽が覗く、アスファルトの上でまだ転がってる雨粒が、割れたガラスのようにキラキラとその光を打ち返している、なにも始まりはしない、だが、それでなにかが終わってしまうわけでもない、手をかざして太陽を避けながら歩く、午後にはまた雨が降り始めると小さな電化店の店頭のラジオが面倒臭そうに呟いている、ほこりまみれの水が気化するときの臭いがする。





自由詩 誰かが降り続ける Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-06-20 23:23:59
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