夜明け前、記憶の中で明日を
ホロウ・シカエルボク




枯れてしまった花々が横たわる道端で
明日来るバスを待っている
夕方まで降り続いた雨のせいで
街は水のにおいがする
ターミナルのベンチはわたし一人
これ以上誰もやって来ることはない


飲み干したミネラル・ウォーターのボトルに火をつけて
灰皿の上で天に還す
わたしたちの言う天国のようなものが
かれらにあるのかは判らないけれど
つまりわたしは退屈していたのだ
ペーパー・バックを開くには蛍光灯は暗すぎた
これ以上目を悪くしたくなくて


遠い昔、子供のころ
両親と弟と一緒に
こうして朝一番のバスを待っていたことがある
もう名前も忘れてしまったふるさとの街の駅で
弟がまだかあさんに抱かれていたから
きっとわたしが十にも満たないころだ
あの時は雨が降っていただろうか?
夜明け前の駅は
幼いころの記憶と
現在をまぜこぜにしてしまうほどに同じ味気なさで


とうさんにもかあさんにも、弟にも
それについて聞くことは出来ない
かれらの魂はどこかのみずうみの底で
ピックアップトラックのドアを開けることが出来ずに泣いている
ペットボトルを送った
オイルのにおいが染みる
馬鹿なことをしたと思ったけど
なにもせずにいるよりはきっとましだった


かれらがわたしを運命から除外したことなんて
もういまさらどうだっていいことだ
せめてわたしくらいは、きっとそう思ったのだろうし
あのまま弟が大きくなっても
すごく苦労をするだろうことは判りきっていた
お金だってろくにない家だったから
それでもこうして寂れた街の
誰も居ないターミナルで朝一番のバスを待っていると
もしかしたらわたしは家族を待っているのかもしれないと思うことがある
記憶がバラバラになるくらい変わりないこんな場所で
どこかからかれらが歩いて来るのを待っているのかもしれないと
もう何度こんなふうにバスを待っただろう
おなじところに居つくことが出来なくて
もう何度見知らぬ土地の名前のついた切符を買ったのだろう?


太陽が地平線の前室にやって来て
あくび交じりで上る準備をし始めるころに
少しだけ寒くなるのが好きだ
どんなに暑い夏でもその時間はそうなるのだ
その寒さはわたしに
「まだ行くべきところがある」と教えてくれる
行くべきところがあれば
きっとそこでなにかをすることが出来るだろう
いつかどこかに
腰を落ち着けることが来るのかもしれない
でもしばらくはこうしてバスを待ち続けるだろう


世界が少しずつ明るくなるのが判る?
わたしは運命に名前をつけたりしない
男もののボストンバッグをぶら下げて
繋がりを断ち切るのは悪い気分じゃない






自由詩 夜明け前、記憶の中で明日を Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-05-02 00:33:05
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