花畑(5)
吉岡ペペロ

 ぼくは師匠にうでを見込まれて、理髪店を一軒任されるようになった。へたくそが髪を切ると、髪が伸びるとそこだけ浮いたようになるのだが、師匠に教わったやり方だとそうはならなかった。
 髪の毛というのは伸びたときを想定しながら切らなければならない。短く切ったラインを長めに切ったラインでおさえていくのだ。これだと伸びてきてもいい感じで髪は落ち着く。時間がたてばたつほど髪がなじんでくる。
 ぼくは子どもの頃から切り絵が得意だった。テーラーや理容の仕事が向いているんじゃないかとまわりに言われるようになって、ぼくは理容の道をえらんだ。
 店の空き時間、ぼくは週刊誌を熟読した。お客さんとの会話にも役立ったし、ぼくはあることをいつも探しながら読んでいた。
 あることとは、少年時代の痛切にまつわることだった。
「店長、熱心ですね」
 ぼくは店員にそう言われて、
「当たり前じゃねえか、髪切り屋は世間様の頭を刈ってんだ、世の中のことも頭に入れねえで、人様の頭を刈れるかってんだ」
「それは分かりますけど、それにしてもいつも隅から隅までって感じで、すごいなって」
「すごかないよ」
 ぼくはそう言って週刊誌を置いた。
「それよりも、今夜いっぱいやりにいかねえか」
「おごりですか」
「あたりめえじゃねえか、おい、蒸しタオルきれてねえか」
 ぼくはそう言って店員をその場から追い払った。そしてまた週刊誌をひらいた。
 和夫くんのお寺の記事がちいさく載っていた。和夫くんのお寺は再興していた。最近、ほんとうにちょくちょくではあるが、週刊誌に和夫くんのお父さんの教団の記事が載るようなことがあった。
 あれほど壊滅的な状態におちいって、ちょうどその時期、跡取り息子だった和夫くんまで失って、よく再興したものだと思う。あれからもうすぐ二十年になるのだ。ぼくは嬉しかった。店長というのは名ばかりで店員とさほど給料の変わらない身ではあったけれど、こうしてたまに和夫くんのお寺の記事を見つけると俄然やる気が湧いてくるのだった。
 ぼくはその頁をやぶりとって、お客さんの待ち合いソファに週刊誌を戻した。

 ぼくは働いたお金を酒と女遊びに使った。母親も死んでもういない。片親だったから天涯孤独の身の上だ。
 仕事で指が疲れて、大好きだった切り絵もやらなくなっていた。師匠には結婚をよく勧められたが、ぼくには世間を愉しみたいと思う気持ちが強かった。
 それともうひとつ、ぼくに店を譲ろうかという話があった。やりたいけれど店を買うお金がないと話したら、お金は働きながら払ってくれればいいと言ってくれた。そのひとは腰を悪くして立ち仕事がもう無理なのだそうだ。
 店の家賃は売り上げのなかから自分で払うわけだし、店の備品も権利料を月々支払うわけだし、独り身だし、べつにうまい話でもないから大丈夫だという計算がぼくにはあった。
 師匠には申し訳なかったがぼくは勝手にその話を進めていた。その店のなじみのお客さんと顔をあわせるために、休みの日にはそこに行くようになっていた。すこし手伝ったりしては、ノートにお客さんの名前や背格好や髪型の好み、整髪剤の好みだとかを書き込んだ。ノートのお客さんがさんまわりぐらいしたら、店を引き継ごうということになっていた。
 ある日、ぼくは師匠に呼ばれて神田の店に行った。
 師匠が開口一番、「笠置よ、おまえ、店出ていけ」と言ってきた。
「え、なんでですか」ぼくは面食らった。
「なんですかじゃねえだろっ」
 ぼくが馬鹿だった。店員に酒の席でいま計画していることを話したのはぼく自身なのだから。
「筋通しゃあ文句は言わねえよ、それをこそこそやりやがって、このばか野郎が、顔も見たくねえよ、これ持って出ていきやがれ」
 今月分のお金が入った給料袋を投げつけられた。
 ぼくはそれを拾い、ちからなく謝って師匠の店を出た。
 思えば親代わりになっていつも気にかけてくれていた師匠だ。怒って当然だ。それが人の道だ。道筋だ。いいとししてほんとうにぼくは馬鹿だった。
 胸がどんよりした気持ちで焦げていた。目と鼻がつんとしてくる。もう一度ちゃんと謝りに行こうか。合わせる顔がないな。師匠に告げ口しやがった野郎を殴りに行こうか。そんなちからも涌かない。ぼくは自分の浅はかさや世間知らずに萎えていた。
 ぼくはとりあえず電車に乗った。でも、いたたまれなくてひと駅で降りた。降りると教会の鐘が鳴っていた。和夫くんのことを思い出した。ここは和夫くんが入院していた病院のある駅だ。
 ぼくも母親も、和夫くんや和夫くんのお父さんやお母さんを裏切った。なにも変わりやしない。
 和夫くんがいじめられていたとき、ぼくは逃げた。逃げて逃げて、もとに戻ろうとしなかった。師匠のところにもう一度謝りに行かない自分をそれにかさねた。仕方がないじゃないか、そんな言い訳じみた言葉をひとりごちた。合わせる顔がないんだから、仕方ないじゃないか。
 つまらなくてもいいからなにか映画でも観にいこう。ぼくはさ迷うようにまた電車に乗った。
 ところがぼくは映画ではなく浅草で演芸を観た。観客が入れ替わってもぼくは席に居座りつづけた。切り絵漫談を観ているとぼくにも出来そうだと思った。ぼくならもっと速く、もっといろんなものをつくることが出来る。
 そんな高揚をおぼえたけれど、そもそも切り絵を始めたきっかけも、和夫くんからの逃げであったことを今更ながら思い出していた。
 演芸場を出るともう夜になっていた。
 ぼくは財布のなかをまさぐった。財布のなかには和夫くんのお寺の記事が四つ五つ入っていた。店の週刊誌をやぶりとったものをハサミできれいに整えて折りたたみ、ぼくはそれを御守りのようにして財布に入れて持ち歩いていたのだ。
 そのなかにハサミで整えてない記事があるはずだった。それは今度行ってみようと思ってやぶっておいた飲み屋の記事だった。
 ここからそう遠くない下谷にその店はあった。
 財布のなかにしわがれた紙片を見つけてぼくは店に向かった。妖婦と呼ばれた阿部定がやっているという小料理屋だった。カウンターの中からお酌する阿部定の写真になにか惹かれていつか行こうと思っていたのだ。




自由詩 花畑(5) Copyright 吉岡ペペロ 2016-04-18 22:56:56
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