撹拌される真夜中の指向性(望まれるのはイレギュラーバウンド)
ホロウ・シカエルボク




すべてはくたばって散ばり、火をつけられて焼け焦げた炭になってしまうだろう、ポンコツの目玉が呼び起こす小さな頭痛に舌打ちをしながら、長い長い夜の幕開けだ、心臓が轟音を上げている、それは俺に大人しく目を閉じることを許さない、ひと時でも横になろうものなら、引きずり起こして拳骨でぶん殴る、仕方がないので目を覚ましてどうでもいい真似に身を投じていると、ディスプレイに反射してそいつの笑い声が聞こえてくる、俺に何をさせようっていうんだい、俺に何をしてほしいんだい、俺は問いかけるけれど答えが返ってくることはない、俺は闇雲に真夜中に引きずり出される、朦朧として…朦朧として見つめる小さな明かり、寓話にあった魂の調子を示す蝋燭を思い出させるような揺れる明かり、数十分もそうして天井を見つめていた、何も始まるものはなかった、考え得る限りのどんな出来事も起こることはなかった、俺は時間の隙間に押しピンで止められた幾つかのスローガンのように、薄明りの中でぼんやりと漂っていた、霊性のための時間、肉体がぶち壊れている、モジュラージャックを引っこ抜かれたみたいに眠りが忘れられてる、心臓は高度成長期時代のプラントのような音を上げている、そんな回転は必要ない、少なくとも今は…瞬きをすると幻覚がチラつく、すぐそばに誰かが居る、誰かが俺のことを覗き込んでいる、気が済んだかい、それともまだかい、からかうように問いかけてくる、「何もかもまだだ」と俺は答える、何もかもまだだ、何もかもがまだだと、歌の文句のように何度か繰り返す、「何もかもがまだ」そいつは反復して笑い出す、「暢気なことだな、ええ?」俺は返事をしない、それは俺に何かを答えようと思わせる言葉ではない、真夜中に目を見開いて…このところすぐに血走ってしまう目玉、もうあらかたのものは見てしまった、そしてこれから見るものはすべて判っている、もう見る必要もほとんどないようなもののこと…俺は人差し指でテーブルを叩く、カフェで、流れている音楽に合わせてリズムをとるように規則的に、「何を考えている?俺の質問に答えないつもりか?」様子を見ていた誰かが俺の耳元で喚き始める、「お前を終わらせることなど造作もないんだぞ」と勝ち誇る、それも俺が何かしら答えたくなるような種類の言葉ではない、俺は黙って聞こえない音楽のリズムをとり続けている、これはまるで俺の人生そのもののようだと考えながら、「おい」、おいとやつは声をかけ続ける、何が何でも俺に返事をさせようとしているのだ、俺はもうそいつに対する興味を無くしてしまった、人に何かを語りかけようとするときにはきちんと正面に出てきて語りかけるものだ、俺の耳にはいつか潜り込んだ店で聞いたポエトリー・リーディングの一節が蘇ってくる、かすれた声で叫ぶように読んでいたあの男―あの男も自分にまといつく何もかもを信じていないように見えた、そしてきっとそれは真実なのだろう、俺にとっても、彼にとってもだ―俺を覗き込んでうだうだとくだらないことを話しかけていたやつはすっかり黙ってしまった、だがまだ去っては居ない、去っては居なくて、相変わらず俺の顔を覗き込んでいる、まるで俺がそいつにたいしてなにかしら口を利く義務があるとでもいうように…俺はほんのわずか睡魔を感じる、それは頭痛のような形でやってくる、こうした頭痛は、と俺は考える、こうした頭痛は、ほぐしてしまえばさらに眠れなくなるのだろうか?だって、こいつは睡魔と共にやって来たのだから―俺は時計を探す、今はいったい何時なのだろう、いつからか部屋に時計を置かなくなった、携帯電話でことが足りるようになってからずっとだ、でも、もしかしたら、それではいけないのかもしれない―(もしかしたらそれではいけないのかもしれない)知りたいときに知るものだけが時間ではない、そう思わないか?時々気まぐれな友達のように肩を叩いてくるようなものでなければならないと?俺は時間を忘れ過ぎる、日向を忘れ、暗闇を忘れる、そんなものの中で感じることをすべて忘れてしまう、彼らは曖昧な過去に押しやられて迷子になってしまう、そうして様々なものを故意に葬っていかなければこの歳まで生きてはいけなかった、おそらく―覗き込むものの気配はいつしかなくなっていた、そう、俺が考え事に酷く耽ったせいだ、空間のバランスがそれで崩れたのだ―あいつが存在するだけのスペースが足りなくなった…俺は脳天に手を伸ばして軽く首を伸ばす、どちらにしてもほぐしてしまわなければうまく眠ることだって出来はしない、高性能のエレベーターが下降しているのをある瞬間にふと感じるみたいに夜が深くなっていく、まとわりつくすべてのものを追い払って、これから少し横になってみようと思う、眠りは自由にはならないが、イレギュラーというものがまるでないわけでもない。




自由詩 撹拌される真夜中の指向性(望まれるのはイレギュラーバウンド) Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-04-05 22:51:13
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