春の牙
春日線香

なにかの牙が落ちている
(もちろんわたしのものではない)
足先で蹴るところころ転がる
道に尖った白い牙が
矢印のようにあらぬ方向を指して
陽射しの中で輝いて見える
犬かなにかの牙だと思うが
拾ってみるとすべすべして
乾いた手触りが清潔でさえある
犬かなにかの牙だと思うが
持ち主に返してやりたい気もする
手のひらの中で感触を確かめる
線路沿いに菜の花が咲いている
地中に春の虫が育ち
今、あくびを噛み殺して歩く人の隣を
電車が駆け抜けて
少し遅れて風が吹き抜ける
生きていたものがどこまでも追いかけていく
歩きながらその姿を
脳裏に思い浮かべてみる


自由詩 春の牙 Copyright 春日線香 2016-03-05 11:13:24
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