さくら
川津 望

夜 狂いのむごたらしい清潔さ
不眠はわたしの明晰を鍛える
すべての致命傷がやがて
朝焼けに染まるように

消毒する どうせ助からないのだから
深夜 信号の変わった道路を
ふたりで歩いていると
下着をおろせ とひとは言う
台所で水を飲む手つきで
わたしはレースのソングをおろす
傷口がしめっている

ケチャップみたいだ
指先を舐め
蹴つまずきながら 歩行する
きみは水いらずに出てくる女みたいだ
この人だあいすきだって
言ってごらん
だあいすき
よろけるたび
ショーツは泥だらけになってゆく
これをわりと気に入っていた
ずらせるし
吹き出物を無様に
尻につくらずに済むから
添え物じみたことば
こんなひと以外に
あけがたを甘やかすものは
何ひとつないのだ
きみ しぬんだろう
はい
そうか不眠によってか
いいえ
暴力によってか
いいえ
みっともなくしぬのか
はい だれも集まりはしません
太ももから上が さむくて
ねえ わたしの遺影を
撮ってください
(なぜしにつづけているのですか 風邪をひきますよ)

きみはいつもきれいにしてくれているからね
それにいい娘だし
ひどく退屈だよ
ふふ しんだら
新しく オーバドゥの
透けた下着なんかを買って
死体となったわたしに
はかせてくださいね
それから あなたは惚けた表情で
わがさくらを得た、と
言って
どんどんつめたく
かたくなってゆくわたしを
心置きなく
極めて義務的に抱くのだわ
朝 食べるゆでたまごのことを
考えたりしながら
さあ わたしは名まえのついた
遊びとして
さびしい枝の間から
身うごきのとれない
あなたの顔を首もとまで
朝日にすっかりさらしてしまうね


自由詩 さくら Copyright 川津 望 2016-03-05 07:25:01
notebook Home 戻る  過去 未来