前触れ
ただのみきや

光と冷気が青い燃料だった
破れた財布から千円札を出して
印鑑ケースとノートを買う
郵便局には月に一度往く
記憶喪失の犬みたいに
今も雪原から突き出している
枯れ果てた雑草を見ていた
夏の姿のまま色あせた
過不足なき美醜
生と死の境は定かではなく
《》みたいにおれを括ったまま
冬の陰は蒼い錯覚を孕んでいる
視線はもう七人の女を殺した
三人は松明のように
後の四人は分離した
霊と魂と体
三枚に下ろす
顔や乳房の側と背中の側
背骨はふさわしい彫刻 
白い冬の宮殿に
子供たちが湧き出して来る
今朝方夢で見たポリネーションと発電のために
政府が開発した無数のカラーボールの乱舞みたいに
学び舎も胸をこじ開け良心を逃すだろう
秒針が行きつ戻りつ辺りを歪め
景色は歯ぎしりしている
誰かと顔を合わせて笑い合った
昔の友達のような誰か
だが友達などいただろうか
靴音だけを齧る影のように
足元を黒い何かが駆けて往く
うっかり蹴ると
おれの頭が氷の上で回っていた嬉々として
子供のころ両手を広げて旋回したみたいに
景色が回転しながら縦になって
傾いだ黒眼でいっぱいのバケツがひっくり返る
空で鐘が震えていた
海月みたいに透明な奴が
悲哀の響きは音を吸いながら
灰を纏った太陽にブラシをかけていた
どこかで人魚が歌っている
「HOWLIN、WOLF」のブルースに腰掛けて
二本の指が歩いて往く
熱を奪われて萎れながら
ピーターラビットの絵柄のノートは細長く
妻はそれに意味のあることだけ書くだろう
それは半年後か一年後か
知るすべはない
ざらついた胃の裏側で聞いた声
この国を解体すると言う
職工たちの硬い道具
ダイナマイトの葉巻
だがおれはインターホンを押すだけだ
一つ目小僧は申し訳なさそう
《誰もが不在の世界》
無言でそう語り
照れくさそうに破裂した



                《前触れ:2016年2月17日》









自由詩 前触れ Copyright ただのみきや 2016-02-17 19:37:03
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