かえられないからかえれない
梓ゆい

「忘れる事が幸せ。」だと
誰かが言った。

「娘は、父親を忘れてゆくものだ。」と
誰かが言ったのだけれども
私の横にはお父さんが居るようで
切り裂くよりも重く苦しい痛みが身体を痛めつける。

「愛される者は、愛する者よりも重たい責任を持て。」
責め立てるような一言は
精神の中に入り込み
一人の存在を圧迫しながら
身体を巡る血の中に/はり巡る血管の中に/脳内の司令塔の中に
侵食をしていった。

「悲しみと共存をせよ。魂と身体が離れて後を追ってこないように。」

すぐ隣に居るはずの見えないお父さん。
薄い月明かりで
ほんの一瞬影だけが
目前に浮かび上がる。


自由詩 かえられないからかえれない Copyright 梓ゆい 2016-02-07 03:37:27
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