Miz 15
深水遊脚

「まあな。うちで鍛え上げた者ならば、もう少しマシな戦いかたを見せただろう。特殊能力の発現前にみっちり体を鍛える方針でずっとやってきたし、俺がそれを根付かせて来たのだから。そのぶん、ついて行けなくなってここを離れた者も多い。特殊能力の発現にしか興味を示さずに肉体の鍛練を軽視する者も多かった。そんな者たちが、今回のチンピラのようなのに使われているとすれば悲しいことだからな。見覚えがないかどうか一応聞いてみたんだ。」
「皆いい大人ですよ。誰かが身勝手な人間に使われ、そいつの都合のよい手足になってしまったとしても、自らが選んだ結果を引き受けるのはその人なんです。身勝手な人間が悪いとか、世の中が悪いとか、開き直るような者は放っておけばいい。世の中善人ばかりではないからそういうのに従った失敗はとっとと認めてしまえばいい。そして全力で軌道修正する。そのうえで自分のなすべきことを考える。それが人間ってものです。幸政さんがそこまで責任を感じることではないと思いますよ。」
「それもそうなんだがな。訓練の厳しさに逆怨みは付き物だ。一つ一つに心を砕くというわけにも行かない。ただ、半人前だからって放っておいていいわけではない。軌道修正してついて来ようと必死の者がいたとして、そいつが追い詰められた心のままでは、上乗せできるものも限られる。戦士として育つものもやり方がまずければ育たない。須田を知ってるな。」
「もちろん。大変な有望株じゃないですか。初回の模擬戦で青山と引き分けるなんて、新人としては異例中の異例ですよ。青山だって、5割の柏木と渡りあえる豪傑で、基本もしっかりできているんですから。」
「でも、指導法を変えなければ彼女を俺は潰していたかもしれない。春江に言われたよ。気合いと根性でついて来れる者だけついて来い、とやっていては潰れて当たり前だと。」
「聞きましたよ。心身のコンディションを客観的に把握するモデルケースだと。なるほど、そのやり方が広がるといいですね。俺が新人のときも欲しかったですよ。幸政さんのしごき、マジで怖かったですもん。」
「ああ、そうだったっけか」

幸政さんが豪快に笑った。最近では珍しいかもしれない。

「いまあのしごきを地で行くのは、柏木くらいですかね。俺はもうしんどくてダメです。」
「そうか?島崎と度会の愚痴を、三津がよく聞いて慰めているらしいぞ。」

幸政さんが悪戯っぽく話し続けた。

「うわ、あいつら。」
「くれぐれも、今は優しくしてやれよ。お前も今日は早く帰って休め。」
「そうですね。あいつら、可愛がる前に十分休ませてやりましょう。俺は軽く汗を流して行きます。」

幸政さんが笑ったまま見上げた。お前にしては意外だな、と目が言っていた。

「ああ大丈夫。本当に軽くです。こういうとき無理をするようには、身も心もできていませんから。ご存じの通り。」

そう言って面談室をでて、専用のトレーニングルームに入った。柏木が先に来ていた。

「間城さん、お手柄でしたね。」
「なに、我々としては当然の任務を果たしたまでのことだよ。」
「淡々としてますね。間城さんらしい。自分ならもっとはしゃいでしまってます。もと防衛省の要人を救出したんですから。」
「死者もでたからな。二人の命を救えなかったことを考えると、俺には無理だな。はしゃぐというのは。」
「そういうものですかね。」

このあたりの考え方は俺と柏木とではだいぶ違うようだ。柏木ならあるいはその要人だけソウル・ソニック・サーチで探していただろうか。 あの場合はそれでも偶々同じ結果にはなっただろう。でもまあそれはあるまい。柏木とて命の重さを本気で計りにかけたりはしない。

「あまり無理しないで下さいよ。雪中行軍明けは軽めで持続的な運動がいいですよ。」
「ああ。エアロバイクで問題ないだろ?」
「負荷が強すぎると思いますよ。」
「ご助言どうも。お前はずいぶん張り切っているな。」
「ええ。有望な新人がもうすぐ私と一戦交えることになりますからね。」
「え、須田のことか?まだ第1ステージ初期だろ。青山と特殊能力抜きの模擬戦やってるとこだぞ。お前の出番はまだまだ先だろ。」
「何事も、そろそろって思ったとき始めても遅いんです。あのお嬢さんとの戦い、命懸けになりますよ。」
「お前にそう言わせる相手が現れるとはな。」
「差し当たり、模擬戦で手を抜かなくても遠慮なく戦える相手をお願いして、許しを得ました。再来週あたり、政志さんと戦えることになりました。嬉しいですよ。あの人はきっと本気で来てくれる。熱い人ですから。」

やけに嬉しそうに語り続ける柏木が、いつもと違い一点の曇りなく陽気だったので俺までいい気分になったのだが、同時にこれは大変なことになったと狼狽えた。軽く流す程度のエアロバイクのはずだったがペダルが重かった。昨日の疲れは見積もっていた程度を超えているらしい。早々に切り上げることにしてトレーニングルームを出た。

 このヒーロー結社で最強はおそらく幸政さんで、政志さんと晴久さんがそれに続く。柏木はそれに次ぐ実力がある。一部には俺の力を柏木より上とみる向きもあるが、本気でぶつかることを避けたり、人の認知を操作したりする俺の戦いがそんなに評価されるべきではないと自分では思っている。それに、似たような戦略をとる晴久さんには到底及ばないし、晴久さんと比べて未熟なところを鍛える意味でも自惚れてはならない。それはともかく、力の序列はそんなところだ。しかし、冷静さを失った政志さんと、冷静さを失った柏木については、そんな見立ては役に立たない。何が起きるか分からないのだ。そんな2人が手加減なしで本気でぶつかり合う。何事もなく済むとは思えない。

 1日休みをもらった。翌日出社して三津、島崎、度会と組んで屋内でのトレーニングをしつつ、突然の出動があってもいいように待機した。ふといつもとは違う上質なコーヒーの匂いを感じて、休憩室をみると、春江さんと広夏さんが優雅にコーヒーブレイクをしていた。

「すみません。汗臭い格好で。あまりいい匂いがしたもので。コーヒー変えました?」
「今更汗の臭いなんて気にしないわよ。真水さん行きつけの喫茶エリーのグアテマラ、美味しいわよ。あんたも飲んでく?」
「間城くん、さっそくお土産頂いているわよ。ありがとう。栃餅とコーヒー、合うわよ。」
「それでは遠慮なく頂きます。」

柏木の申し出を許可したのは、おそらく春江さんだろう。幸政さんならこの組み合わせに俺と同じ危機感を持って、他の相手を選ぶか、自らが対戦相手に名乗り出る。話を聞いてみたかった。

「で、何で政志との模擬戦を柏木くんに許可したか聞きたいのね。」

読まれた。そんなに分かりやすいのだろうか?

「飄々としているのんびり屋のあんたが辛気くさい顔している理由なんてそれだけでしょ。で、何から聞きたい?それとも許可した私が許せない?」
「そんなことないですよ。ただ、俺には不思議なことだらけなんです。柏木が須田を鍛えるのに今から準備していることも、それが命懸けの戦いになるとか穏やかでない考え方も。我々は力をコントロールすることが模擬戦でも普段の戦闘でも求められる戦士のはずなのに、手加減なしで全力で柏木が戦おうとしていることも、それを簡単に春江さんが許していることも、よりによってその相手が政志さんであることも。政志さんと柏木がコントロールを失いやすいことはよくご存じでしょう?」

春江さんがすべて予期した言葉だというような顔で聞いていた。だから答えもよどみがなかった。

「真水さんの能力、デクレッシェンドのことは知ってるわね。あの子が成長して立派な戦士になるということは、その能力を全開にするということ。それが何を意味するかは分かるでしょう。模擬戦とはいえ一度は自分の力が減退させられるの。ゼロになる場合だってあるわ。戦士なら恐怖を感じてもおかしくない。それを柏木くんは引き受けているのよ。自分の力に少しも驕ることなく、成長した彼女の姿をあらかじめ思い描き、それと対峙しようとしている。とても美しいと思うわ。私は真水さんの相手が務まる人間として、幸政、政志、晴久、そして柏木くんとあんたを考えている。そのなかでも一番真水さんの力を引き出すのは、おそらく柏木くんよ。言ったように戦士としての彼女を侮らないこと、逃げずに全力でぶつかることしか考えないこと。それと……」

そこまで来て次の言葉を少し躊躇ったが、続けた。

「完全に私の憶測だけれど、柏木くんはきっと、真水さんの根源的な怒りや恐怖、戦う理由のようなものを引き出す気がするの。」


散文(批評随筆小説等) Miz 15 Copyright 深水遊脚 2016-02-01 16:34:24
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