きみに寄せる詩群
山中 烏流





1.

ある日
ふと思い立って
きみの世界に寄ってみた

そこではきみが
四足歩行で用を足していたり
三色に光りながら交通整理に励んでいたりして
それは
何一つ変わらない
いつも通りの光景だった



わたしたちは
いろんなことが
ほんのちょっとずつすれ違うから
何よりも
体に触れようとする

そこら中に溢れるきみたちが
背伸びしたり
跪いたり
目配せをしているのを
わたしは倣ったり
蔑んだり
疎ましく思ったりしている



檻や水槽の中で
笑いながらこちらを見ているきみに
花壇に散らばった、小さく千切られたきみ
つまみ上げては
戻したり
放り投げたりして、遊ぶ



きみとわたしは
本当に
隅々まで違う形をしている
重なり合いたい時もあれば
近付く指をへし折りたいときもある

きみを愛している
たまに
どうしようもなくなりながら

きみを、愛している




2.

きみが
わたしの名前を呼ぶとき
ごく稀に
わたし以外の誰かが
顔を覗かせる
きみは気付いていないし
わたしが気付くのは
何もかも
過ぎ去ってしまったあとだから
どうしようもない

うん、そう、へえ
この三言を器用に使い分けて
彼女はかくれんぼをしている
いじわるな喋り方で
きみのくちびるが尖る瞬間や
わたしの
目や耳を塞いで
きみに気付かなくしてしまうのが好き

そうして
きみが真面目な顔をする頃に
すっ、と隠れてしまうのだ




3.

その姿は信仰によく似ている

わたしの耳を滑り
上下する胸の奥にひっそりと根付いて

遠く
いつか、呼吸の波が去る頃
組まれた指から
芽吹いては枯れるような

わたしたちの



わたしの優しさは
わたしのためにある

ただ黙って話を聞くこと
船を漕ぐ頭を撫でること
蹴り剥がした毛布を掛け直すこと

たくさんの
きみに向けた優しさは
いつでも、わたしのための

きみに
嫌われないための



ただ少しの起伏すらない日々に潜む
祈りにも似た所作

瞼を閉じた先で
きみの作った朝食を食べて
適当なスーツに身を包んで
仕事に向かう、わたしの夢をみた

数ある未来の中の
一つの話


確実に衰えていく身体から
半歩ずつ
遠ざかっていく心を
羨ましげに眺めている

(わたしたちはどこまで行けるだろうね)

いつか
腰を下ろす、その時が
きみと同じであればいい


内緒の話だ




4.


あの日
眺めていた空が遠ざかる
空想はいつだってわたしの傍に居て
手を繋げば
飛び去る魚だって見えた、空

たくさんのものがわたしを蝕むから
ここではない何処かへ行きたかった
何一つ満足にいかないから
わたしだけのものが欲しかった


たった一人の友達は
わたしの目と耳を塞いで
そうして、
短い夢を見させた





あの魚はもういない
夕日に飛び込むことはできないし
ベッドじゃ月まで飛べない
家族は海藻にならなかったし
エウロパは遠い


(きっとわたしは死んでしまうだろう
幸せは心を鈍らせる、と誰かが言っていたように
目も耳も塞がない手が
今は繋がれているのだから
そのうちに
死んでいくのだろう)


きみが頭を撫でている
わたしは長い
長い、夢を見る








自由詩 きみに寄せる詩群 Copyright 山中 烏流 2016-01-30 13:42:06
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