殺されるひととすれ違う(2/2)
吉岡ペペロ

 美智とは完全に疎遠になった。ラインもしなくなった。絶対出席しておかないといけない授業で見かけるだけの関係になってしまった。そのたびに嫌な感じがどんよりとあたしに刺さった。この感じは企業面接を受けても受けても連絡がこないのに似ている。くるかくるかと待ちながら少しずつ諦めていく感じに似ている。
 あたしには真帆ちゃんがいる。もう三次面接まで進んでるんや。三次が通れば最終の役員面接、これで、あたしの就活は終わるんや。
 あたしは真帆ちゃんに愛されている。あたしはいま人生得意時やった。真帆ちゃんのことばかり考えてしまう。優しい真帆ちゃんのことばかり考えてしまう。真帆ちゃんとの面接のロープレはもういつも裸でやるようになっていた。
 真帆ちゃんの温度のうえで、もう顔も合わせずに、声だけになった質問に、真帆ちゃんの肌に喋りかけるように答えていた。本来のじぶんになれているような気がした。自信とはちがう、もっと空気みたいな、本来のじぶん。本来のじぶんってなんやろか。
 授業が始まるまえ、美智があたしのまえを素通りした。あたしは美智を殺してなんかいない。殺されているのはあたしのほうだ。美智を見かけるたびあたしは幽霊にでもなってしまったかのような気持ちになる。美智もそうなんやろか。美智に駆け寄っていって、理由をちゃんと聞いて、謝ろうともしないあたしは、やっぱり美智を殺してしまったんやろか。

 お母さんからの電話を真帆ちゃんの部屋で聞いていた。あたしの就活を心配しているお母さんは、大阪にもどっておいでよとしきりに言う。疲れる。はやく決めたい。真帆ちゃんの会社に入りたい。きょうは貧血気味だった。生理だ。
 きのう真帆ちゃんにあそこをなめられているとき、おなかが痛いのをがまんしていた。いきそうになって重い地滑りみたいなのがドーンときた。
「血だよ。高ちゃん、生理、きたよ」
 真帆ちゃんが人差し指をあたしに見せた。
「口紅みたい」
 そう言うとあたしはこころから幸福な気持ちに満たされた。
 お母さんとの電話が終わったあとあたしはリビングで寝転んでいた。午前の太陽があたしを照らしている。ベランダからの光がまぶしかった。白いカーテンがそのまま光のようだ。太陽を浴びていると貧血が静かになっていくような気がする。貧血がおとなしくなっていく。あたしはそのまま寝てしまった。
 熱い。暑い。熱い。熱。暑。目を覚ましてからしばらく、ベランダに切り取られた白っぽい夏の空を見つめていた。ついさっきまで忘れていられたのに、美智に無視されていることを思い出していた。
 立ってないからまだ分からないけれど、貧血がおさまっているような気がした。太陽のおかげや。
 太陽さん、ありがとう。あたしは美智とあたしの関係を、なぜか太陽とあたしの関係になぞらえようとした。
 そして呟いた。
「殺されるひととすれ違う」
 歌うようにもういちど呟くと泣けてきた。
「美智ちゃん、ごめんね」
 美智ちゃん、ごめんな、美智、ごめんやで、あたしは口を手の甲にあててそう言った。

「あなたは女のホモだったのよ」
 真帆ちゃんがしつこくあたしの男性遍歴をきいてきた。あたしは正直にぜんぶ話した。でも真帆ちゃんの女性遍歴はききたくなかった。真帆ちゃんにはそれが物足りなかったのかも知れない。だからこんな意地悪を言うのかも知れない。
「あたしは女のレズ。あなたと付き合ってた男も、男のレズだったのかも知れないよ」
 そんな話もういいと思ったけれどがまんして聞いていた。聞きながらそういう考え方もあるのかとだんだん感心してきた。
「真帆ちゃん、すごい」
「すごくないよ」
「すごいよ、すごいよ」
 あたしはにんげんぎらいじゃないと思った。そのことを言うと、
「あたしもちがうかも」
 真帆ちゃんがあたしをつよく抱き締めた。
 あたしはいま本当に人生得意時だ。
 こんどの最終面接がうまくいけば真帆ちゃんとおなじ会社で働ける。うまくいくイメージしかない。もうほとんど真帆ちゃんと面接の話をすることがなくなっていた。もし落ちたらふたりの関係はどうなるのだろう。

 どうやら落ちたみたいや。真帆ちゃんがいつもの真帆ちゃんじゃない。真帆ちゃんは結果を知ってるはずや。だから元気がないのだ。
 リビングでふたりでテレビを見ていた。落ちたんや。あたし落ちてたんや。テレビがあたまに入ってこない。真帆ちゃんもきっとおんなじなんだろう。
 真帆ちゃんの会社しか動いていなかった。甘かった。ミスだ。ふいに、こんなことしてられないと思った。思ってすぐ、真帆ちゃんに失礼なことを思ったと思った。
「あたしチャーハン作るね」
 あたしがキッチンにいこうとしたら、
「風邪ひいたかも知れない」
 真帆ちゃんが言ったからあたしはキッチンに風邪薬をとりにいった。
「どこだっけ」
「冷蔵庫のよこだよ」
 あたしはバファリンとジキニンと白い紙に包まれた角砂糖を手のひらにのせてソファの真帆ちゃんにとどけた。真帆ちゃんはジキニンをとった。あたしは角砂糖を指で挟んで、「こいつがおいしんだよなあ」とおどけて見せた。
 ごはんを胡麻油で炒めながらウスターソースで味付けをした。けっこう胡麻油の臭いがしたから慌てて換気扇を回した。生卵を落として白身とごはんをからめていった。白身の透明がなくなったところでお皿に移した。二皿とも中心に黄身がうまいこと乗った。きれいに盛りつけられたほうを真帆ちゃんに持っていった。
「美味しいやん」
 さいきん真帆ちゃんはあたしの時々出る関西弁を真似る。そんな真帆ちゃんにあたしは胸を鷲掴みにされる。
 テレビで女優が泣いていた。あたしやって泣きそうや。嬉しくて? 落ちたから?
「あたしもカメラ回ってたらすぐ泣けるよ、高ちゃんは? 」
「真帆ちゃんが死んだと思ったらすぐ泣ける」
 ほんとうだった。さっきはごめんね。真帆ちゃんがいなくなったらミイラになるまで泣けるよ。ほんとうだよ。
「あたしが死んだら、火葬してくれるの? それとも公園とかに土葬? 」
 生きてるもん、真帆ちゃん生きてるもん。死んでないもん。死なんとって、あたしから言ったくせに、ぼろぼろっと涙がでてきた。
「ねえ、どっち? どっちかっていったらどっち! 」
 殺せないよ、真帆ちゃんは冗談でも殺せない。真帆ちゃんがこっちを見ない。真帆ちゃんが鼻声だ。風邪? あたしのこと?
「海に撒く? 鳥葬? 鳥葬っていいね、うん、高ちゃんは鳥葬にしてあげる」
 真帆ちゃんが笑いながらそう言うのを、あたしはプロポーズやと思って聞いていた。









自由詩 殺されるひととすれ違う(2/2) Copyright 吉岡ペペロ 2016-01-27 00:20:44
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