親指姫とベンジャミン
ベンジャミン

僕の名前はベンジャミン。
朝起きると、親指が姫になっていた。
夢か幻覚だと思って、とりあえずしゃぶってみたのだが、親指姫はぴくぴく舌の上で抵抗していた。どうやら現実だ、僕の親指が姫になってしまった。口から出てきた親指姫は、きらきらと輝いてとてもきれいだったが、とても不満そうだった。拭いてくれと言うので、ズボンにこすりつけたらすっかり泣きそうになっていた。そして今度は寒いと言い出した。僕は手袋をはめて、これでいいかと尋ねたら、前が見えなくて困るとぴくぴく訴えてきたので、仕方なく100円ショップで指ぬき手袋を買うことにした。お店にはけっこうお客さんがいて、恥ずかしいから袖に隠れたいと言う。僕も配慮が足りなかったと思って、年甲斐もなく袖に手を入れて手袋を選んだ。姫なんだから、やっぱりラメとか入ってた方がいいよね、なんて勝手にうなずきながらピンクのラメ入り指ぬき手袋を買った。それから僕は、片手だけピンクのラメ入り指ぬき手袋をはめて街を歩いた。いつもと違う視線を感じたけれど仕方ない、親指姫のためだ。家に帰ると、急にお風呂に入りたくなったので、風呂場で服を脱ぎ始めた。すると親指姫はきゃっと言って必至に手のひらの中に隠れようとしている。あぁ そうかと思って、僕は親指姫を手のひらでくるむと、ぎこちなく片手で服を脱いだ。初めて見るものばかりですと親指姫が言うので、僕はすっかりおかしくなってしまった。お風呂は想像以上に大変で、うっかりすると親指姫はすぐに溺れてしまう。石鹸の味も早々に覚えてしまい、風呂から上がるとしきりにぴくぴくしていた。それを見ながら、ふと思い立った僕は、マニキュアを探し出すと抵抗する親指姫の背中にマニキュアを塗った。僕はとても満足だったが、それを見ていた母は不安そうな顔をしていたし、当の親指姫はシンナーですっかり青ざめていた。寝るときになって、久しぶりにうきうきしている自分に気づいた。一人寝の寂しさなんて言うまでもないことだから、別に変なことは考えてないよと親指姫に囁いたら、何のことかわかりませんと言われてしまった。
次の朝。
親指姫は、ただの親指になっていた。
僕はとてもショックで、水にひたしたらまたぴくぴくするのではとか、つついたら嫌がるのではとかいろいろ試したのだけど、やっぱりただの親指だった。けれど、たった一日一緒に過ごしただけなのに、今でも僕の中には親指姫がいるような気がしてならない。それから僕は、自分の健康に気をつかうようになったし、無茶なことはしなくなったし。
ある日、母に言われた。
お前は最近自分を大切にするようになったね。

当たり前だよ、僕の体は僕だけのものじゃないんだからさ。





散文(批評随筆小説等) 親指姫とベンジャミン Copyright ベンジャミン 2005-02-21 09:12:39
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