俯角の心臓
北街かな

淀みの中に心臓をふかく落としてしまった
不確実な手放しの感触と
俯角の鈍さに たゆたいながら

海水面ではずっと光が音を奏でていたのだ
遠い太陽には眩しい響きが共鳴していて
届かない明るい場所を楽しそうに盛りあげていた
それはいわゆるひとつの宗教で
誰もがみな、その共同認識に血と熱と骨を揺らし
繋がりあい
無害な安息をみせびらかしあっていた

錆びた公園で三十年前の焼死体を見ている
彼女は精神的苦痛を理由にして肉体的苦痛を選んだ
最も苦しい手段を振りかざし熱と絶叫が彼女を殺した
不安のなかに穏やかなものが徐々に吹き込んでくる
空想の死を繰り返していくつもの星も割れ電線もちぎれ
落下につぐ落下のなかで
にぶい音が燃え広がっていくのを聞いた
いつまでも解決されない不協和音が
海のそとを支配している
よどんだ地面をゆきずっている
明るい明快な旋律に混じって
足裏のしたに隠された苦しみが
心臓の群れを
支配している

落ちたのか溺れたのか気絶したのかも不明瞭なまま
見あげた空の嘘くささに愕然として
冷たい画面を指で伝い這いあがる
落とした心臓はふかくわたしの底にある
引きずりだす手首の角度が三日月みたいで
指先が落ち着かなかったから
爪をふかく切った


自由詩 俯角の心臓 Copyright 北街かな 2016-01-26 03:58:14
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